電通社員の自殺と日本の労働生産性について

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第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の募集のご案内
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現在、第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の応募を受付けいたしております。
応募書類のダウンロードおよびエントリーは下記URLよりお願いいたします。
http://goo.gl/fP9TCR

第7回でも第6回までと同様に「正しいことを、正しく行っている企業」を表彰いたします。

人を大切にする経営を実践する企業を全国から発掘して、取材し、各種メディア媒体を使って幅広く紹介していくことは、人を大切にする経営の実践企業を増やすことの一助になります。
会員の皆様からの、積極的なご応募やご推薦をお待ちいたしております。

表彰式は来年3月21日(火)に開催予定でございます。会場は、第6回と同様、法政大学市ヶ谷キャンパス・さったホールでございます。
あらかじめご予定をいただけますと幸いです。

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電通社員の自殺と日本の労働生産性について
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               人を大切にする経営学会 常任理事 佐藤 和夫
                      株式会社あさ出版 代表取締役

大手広告代理店の電通で、入社2年に満たない女性社員が自殺してしまいました。
土日も連続して出勤し、毎月の残業時間は優に100時間を超える。パワハラと受け止められない発言もあったなど、心身ともに疲弊しきって社員寮の4階から身を投げて亡くなってしまったそうです。

これに、ある大学教授がブログに「月100時間の残業で過労死とは情けない」と書いて炎上し、新聞紙面での謝罪となりました。月100時間の残業、というだけならまだしも、1週間で10時間も眠っていない、などという話を聞けば、表面的な報道に乱暴なコメントを述べたことは迂闊の謗りを受けてもやむを得ないところでしょう。

ただ、その大学教授が瞬間的に感じた感想も、現在60歳前後以上の年齢の人間にとってはわからないでもありません。もともと電通の「鬼十訓」は、バブル景気以前の高度成長期には、多くの経営者が信奉したものでした。

曰く「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」曰く「仕事とは先手先手と働きかけていくことで、受身でやるものではない」

こうした叱咤激励のことばを、社内の壁に貼っていた中小企業もたくさんあったと思います。「情けない」と書いた大学教授も、そうした時代の雰囲気の中で仕事をしてきた人なのでしょう。
先輩たちに「いまの若い者は」と言われつづけてきた人間が然るべき年齢になった時、先輩たちのことばをなぞるように「いまの若い人は甘い」とつい言ってしまうようなものです。

実際にすでに退職した団塊の世代はもちろんのこと、現在60歳を超えたくらいのビジネスマンには、「寝食を忘れて仕事をする」「俺がやらねば誰がやる」式の働き方をしてきた人々が数多くいます。休日は週に1日だけで、その休日も出勤しなければならないことが少なからずあった。働き蟻と呼ばれ社畜と言われ、それでも人は自己を肯定しなければ生きていけないので家族のため、マイホームのために会社人間であり続けたのでしょう。

映画「三丁目の夕日」をノスタルジックに「いい時代だった」と評する声もたくさんありますが、遠景からはのどかで温かに見える「昭和」にも、その暗部、裏側が確かにあったのです。

結局、そうした働き方の結果は、幸福なものとはいえませんでした。国のGDPは上がりましたが、一人ひとりの人が豊かさと幸せを感じる経済をつくることはできなかった。しかもかつての上昇志向を持ちえなくなった現在では、「鬼十訓」は、過重な苦役を強いる支配者の横暴のようにしか聞こえないのかもしれません。

こうした時代の変化に合わせて、一部の企業は残業時間の低減や有給休暇の取得の義務付けなどに取り組むようになりました。

ところがその一方で、サービス残業はなかなか減らず、相変わらず多くの会社が過酷な働き方を強いています。そしてその理由は多くの場合、社員に長時間働いてもらわなければ売上が上がらず、会社が危険な状態に陥るからです。

中小企業には時間外勤務をしても残業代を払っていない会社がたくさんありますが、超過勤務時間のすべてに割増賃金を払うと人件費負担が過大になって経営が立ち行かなくなる(あるいは経営者がそう思い込んでいる)からです。

しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。私は専門家ではありませんが、ここで気になるのは、「低すぎる」とされる日本人の労働生産性です。
2012年の労働生産性は、OECD加盟国34カ国中21位で、先進7カ国では1994年から19年連続で最下位という結果が出ています。
就業1時間当たりの生産性も低く(アメリカの3分の2)、これはOECD加盟国中20位だそうです。

この状況では、GDPを維持する、と言うより会社が利益を上げて雇用を維持するためには、長時間労働もやむを得ないのではないか、とさえ感じてしまいます。
ということであれば、過酷な長時間労働をなくすためには、まず労働の質を上げて効率を高めることに集中しなければなりません。
日本の労働生産性の低さの原因については諸説があります。

・現在の日本の労働法では長時間働いたほうが賃金が高くなる仕組みになっている。
・日本の社会では結果より努力を重んじる傾向がある。
・縦社会が生み出す組織風土の問題。
・管理者が効率を重視しない。
その他諸々です。

おそらく、高い業績を維持する一方で残業がほとんどなく、給与水準が高いうえに社員とその家族のためのさまざまな施策を実行している「いい会社」は、上記他の原因をクリアして、高い労働生産性を実現しているのでしょう。
日本で「いい会社」の代表とされる伊那食品工業や未来工業の姿を見れば、そのことがよくわかります。

こうなると、「では労働生産性を上げるにはどうすればよいのか。誰がどの作業に何分何秒かかったかを調べ、業務の質、内容を徹底的に管理すればよいのか」という議論になる可能性がありますが、おそらくそうではありません。

私が興味をもって読んだのは、ロッシェル・カップ氏(ジャパン・インターナショナル・コンサルティング社社長)の知見でした。カップ氏はこう言います。

「日本の労働力の勤勉さはすばらしいが、それにばかり頼り、もっと働かせればよいというやり方は限界に来た。勤勉さだけに頼るのではなく、正しいやり方で効率的に仕事をするように管理することが大切だ。長時間労働を前提としないシステムを整え、無駄の多い社内手続きを取り除き、エンゲージメントとそれに密接に関係する創造性とイノベーションを奨励し、モチベーションを阻害するものをなくす。これが日本の組織にとって2016年の重要な課題だ」

要はカップ氏は、日本の社員のエンゲージメント(社員の会社に対する愛着心や思い入れ)が弱く、それが日本の労働生産性を低くしている、と言うのです。
終身雇用制と年功序列に守られた日本の社員は会社への愛着が強く、だから滅私奉公的に会社に忠誠を誓ってきたのではなかったのか。
高い帰属意識をもって「わが社」の成長のために人生を費やしてきたのではなかったのか。それともそこにあったのは意識の底に残留している封建主義的な風土と、日本人に特有の「甘えの構造」に過ぎなかったのか。

カップ氏の言うことが正しければ、日本の会社は「会社の成長」を自己目的化して、社員満足度を重視せず、おのずと、本質的には社員も会社に対するエンゲージメントを高めることはなかったのです。

会社に対するエンゲージメントが弱いから、社員は実は会社の成長にもそれほど関心がなく、上司の指示に従えばそれで事足れりとして、主体的に自分自身の時間を効率的に使うことを考えなかった。その結果が、現在の労働生産性の低さ、ひいては過重労働を強いる源になっている、ということがいえそうです。次の機会には、このことをもう少し考えてみたいと思います。

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