社会福祉法人 藍【No57いい会社視察2012/5/26、2013/5/31】

今回は2012年と2013年に法政大学大学院の坂本研究室の視察や授業(中小企業論)としてご訪問した『社会福祉法人藍』さんをご紹介致します。当時の理事長;竹ノ内睦子さんの人生は多くの人を惹きつけ、聞くものの心にまっすぐとどくその語り口は今も記憶深くにあります。今は理事長が変わり、新しい社会福祉法人藍への道を歩んでいます。今回は竹ノ内睦子さんの半生のごく一部を中心にご紹介させていただきます。

●概要 http://www.aikobo.or.jp/
法人 社会福祉法人藍
設立 1983年(藍工房として)
所在地 東京都世田谷区若林
創業者 竹ノ内 睦子(初代理事長)(現在の理事長は大野 圭介氏)
事業内容
・ファクトリー藍(藍染めを中心とした工房;就労継続支援B型)
・アンシェーヌ藍(フレンチレストラン;就労継続支援B型)
・ガーデン藍(グループホーム)


「人を大切にする経営学会 設立総会」の懇親会の場でご挨拶いただく竹ノ内睦子理事長(当時)

●幼少時期
竹ノ内さんは1941年鹿児島生まれです。
校長であった父は満州へ出張中に交通事故にあってしまい廃人同然となってしまいます。母は看病のために満州へ渡り、9人兄弟の末っ子として生まれたばかりで生後6か月だった竹ノ内さんは、当時20才の長姉に育てられました。母は看病疲れから帰国することなく亡くなってしまいます。
中学生になった頃、長姉のところから何の相談もなく京都の兄宅に引き取られることになります。思春期の竹ノ内さんは“捨てられた”と感じたそうです。京都にはすぐ上の知的障がいをもつ兄も暮らしていて、初めて会いました。兄は京都の名門大学の付属中学に入らせてくれますが、 “障がいのある兄の存在を隠し、お嬢様としてふるまい生活している自分”に納得できず、“環境に甘えずに自分を鍛えなければならない”という考えから、高校1年の時に自ら退学。家をでて、寄宿施設のある高校に入り直しています。その高校では “神は誰の前にもできないことを事柄として現すことはない。現わされたことすべては乗り越えられるものだ”、“積極的に生きるか、消極的に生きるかは自分次第”、そんな教えに触れます。その高校での学びは、竹ノ内さんの人生に大きく影響したのだと想像できます。

そんなある日、竹ノ内さんを追って、京都の兄のところにいたはずの知的障がいのある兄が高校まで来てしまいます。京都の生活が辛かったのでしょうか。寂しかったのでしょうか。
竹ノ内さんは障がい者であっても同じ人間としてさまざまな感情をもっていると思ったことでしょう。高校に通いながら兄の生活を支援し、その後には仕事や結婚、住居も世話をして、その人生を支え続けました。その結果を伴う行動力はどんな言葉よりも説得力があります。

●ある障がい者との出会い
竹ノ内さんは1964年に結婚した時、義父宅には血縁のない障がい者1名がいて、新婚でありながら他人がいる共同生活を経験されています。
2人の子育てをしていた30代には児童心理学を学び、「親の感情が子供の発達にどう影響するか」を研究。
3人目のお子さんを妊娠中に、自身の脚に癌がみつかります。絶望の中、何度かの手術を経て回復しています。
1980年には世田谷区の婦人大学に主婦として学ぶ学生となり、1981年ある勉強会で知り合った障がいを持つ女性が、“仕事がしたい”と言ったことに衝撃を受けたと言います。障がいを持っていても社会への参加意欲、社会とつながることへの希望があることを知ったのです。竹ノ内さんはきっと『この問題は私が解決しよう』と感じたに違いありません。専業主婦が障がい者と出会ったことから、藍工房の歴史の扉が開かれたのです。

●藍工房設立(1983年)
藍染めとの出会いは偶然でした。障がい者の仕事には日本の伝統工芸にしようとは決めた中で、亡き兄のお墓参りの際に、たまたま藍染め工房のパンフレットを目にします。すぐに訪問、そこでの人との出会いに惹かれて藍染めに決めるのです。藍染めは、そう簡単に習得できるものではありませんが、日本の文化伝承の担い手になる覚悟もって取り組みました。

1983年、6畳一間を借りて藍工房がスタートします。
その後、ニューヨークカーネギーホール舞台衣装の制作(1985)、パリで藍工房展(1986)、藍工房アメリカ設立(1988)など、障がい者の活躍の場を広げるために竹ノ内さんの精力的な活動・周りを巻き込む力が発揮され続けていました。厳しい資金難にもかかわらず多くの道を切り開いていきました。
2003年10月 藍工房は社会福祉法人を取得します。

1980年頃の日本では、障がい者は社会の片隅に追いやられた存在でした。家族が様々な想いから障がい者を隠す意識があり、世間の目に触れないように配慮され続けていた時代でもありました。同時に世間も見てはいけないもの、かわいそうなど、悪意はないけれども双方が見えない壁をつくっていた時代と言えるのではないかと思います。
個人的には、相手を思いやる・察すると言った日本的な文化が影響しているように思います。


竹ノ内睦子理事長の生涯を綴った書籍、大変お勧めです。

●現在
視察させていただいた時にアンシェーヌ藍のマネージャーをされていた大野圭介氏が現在竹ノ内さんを継いで理事長に就任されています。
2017年から改正社会福祉法が施行され、組織の在り方や事業、財務の強化など、多くの対応が求められていますので、新しい理事長の下で同法人の活動が高まっていくことを楽しみにしています。

***補足***
この投稿では2012/4~2018/3までの6年間法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室で経験した【いい会社視察】・【プロジェクト】・【授業で学んだこと】を中心に、毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(人を大切にする経営学会会員;桝谷光洋)

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