社長の執念

東京から電車に乗り、荒川を渡ると埼玉県川口市です。川口市は、かつて、鋳物(いもの)工業が盛んで、1964年の東京オリンピックの聖火台は、この川口市で作られた鋳物です。

先日、この川口市にあるコミー株式会社(代表取締役 小宮山栄氏、従業員数:30名)を訪ねてきました。
この会社の社名は知らなくても、私たちは、この会社の製品をいたるところで目にしています。コンビニエンスストアやスーパーにあるカーブミラーのような鏡。あるいは、銀行のATMの“後方確認ミラー”や旅客機の手荷物入れの中にある確認用ミラーです。

同社は、国内凸面鏡(接客支援・万引き対策用鏡)では約80%、旅客機の収納棚確認用鏡では、世界ほぼ100%のシェアを占める小さな巨人企業です。

1940年、長野県で生まれた小宮山さんは、信州大学工学部を卒業後、技術者として大手企業に勤めます。元来、口下手で強く主張ができず、他人との意思疎通がうまくいかない小宮山さんは、失敗ばかりで3年半で退社してしまいます。

その後、自動車の修理業や百科事典のセールスなど職を転々とし、1967(昭和42)年、商店のシャッターに店名などを書かせてもらう看板業で独立します。独立と言っても、小さな車庫が仕事場で、夏になると、耐えがたい暑さに悩まされました。当然、トイレなどなく、道を挟んで向かい合う小さな公園の公衆トイレを使わせてもらうという厳しい環境での出発でした。

当時、同社は、店先に置く回転看板を扱っていました。生来、創意工夫が好きな小宮山さんはあるきっかけで、凸面鏡を背中合わせにつけ、それをモーターで回す回転鏡看板を考えつきます。その製品を展示会に出展したところ、あるスーパーから30個の当時としては大口の注文が入りました。

小宮山さんの真骨頂は、ここから発揮されます。「いったい何に使うのだろう。」「私は『なぜ』と思ったら、それを徹底的に解決しないと気がすみません。」「半年ほどしてから、そのスーパーを訪ねました。」

回転鏡看板を購入したスーパーの店長は、その目的をすぐに教えてくれました。それは万引き防止用だったのです。小宮山さんは、思ってもいなかった用途に希望を見出します。その後、販売業者から、小売店の万引き防止用に多くに引き合いがあったことなどから、小売店向けのニーズが高いと判断し、本格生産に入ります。これが、コミーが看板屋から世界一のシェアを獲得する転機となった出来事です。

同社では、年に1~2回、全社員よる「一斉US訪問」と称して、ユーザーを訪問する制度があります。訪問先では、製品の使用状況を写真撮影。製品の使い勝手や要望などを聞き取り、レポートにまとめ、社内発表しています。こうして得られた情報から、製品開発、製品改良につなげています。

こうした卓越した中小企業の存在から、問題は、景気や競争相手、為替など、外ではなく「経営者の執念」、「経営者の心ひとつのおき所」にあると強く感じた視察でした。

今日一日、皆さまにとって、素晴らしい一日になりますように。

春木清隆

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