東京六大学受験の陣、決着す

法政大大学院 坂本光司ゼミ 修士1年 根本幸治

娘・愛奈の大学受験たる戦いが終わった。

まるで大坂の陣のようだ。
生駒の山から吹き降ろす乱雲戦国の風。

豊臣と徳川の和平の証として取り壊された真田丸はもうない。
真田幸村は太閤秀吉公の錦城:大坂城玉造口を出て天王寺方面へ南下する。

最初に家康の孫である松平忠直(日本大学)を粉砕。
次に百万石大名である前田利常(青山学院)を撃破。
さらに幕府御意見番である藤堂高虎(法政大学)を突破。
ついには幕府守護神である伊達正宗(明治大学)を蹴散らす。

その夜、茶臼山に陣を張った幸村は三女阿梅を伊達正宗に託した。
阿梅は戦後に伊達の重臣である片倉重長の嫁として迎えられる。

夜が明けると朝露が兜を濡らしていた。
押し寄せる東軍の大群の中、見えるのは徳川家康(早稲田大学)あるのみ。

真田の赤備えが疾風怒涛の猛攻撃に動き出す。
徳川の銃弾を浴びながらも真田六文銭の突撃はとまらない。
本陣馬印が捨てられたのは武田信玄との三方ヶ原戦い以来2度目の恥辱。
逃げる家康は「もう腹を切る」と3度言った。

しかし、東軍多勢の壁に阻まれ、幸村はあと一歩届かず家康の首を見失う。
安井天神で動けぬ体を休めていた時、松平忠直隊の西尾宗次に発見される。
「わしの首を手柄にされよ」と言葉を残して討ち取られた。享年49歳。

幸村が伊達正宗(明治大学)に託した阿梅は、二男の大八を連れていた。
大八は元服して片倉守信という。
後に真田守信と名乗り仙台真田家として現在も続く。

ゆえに、明治大学の政治経済学部に入学する。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

「東京六大学受験の陣、決着す」への1件のフィードバック

  1. 根本さん
    おめでとうございます! 
    優秀なお嬢さんで先が楽しみですね。
    真田丸、ホント、歴史に詳しいですね!
    本田佳世子