現場の声

3・11 あの日を忘れてはならないとTVや新聞が報じている中で、
私は5年前に被災地支援に行ったことを思い出している。

坂本先生は中小企業を自ら訪問し、現場の声に耳を傾け、
世によい会社を伝えておられるが、
私は、この被災地支援をきっかけに、現場に立つことの大切さを知った。

現場には実に切実な声がある。
時には声には表れないが
命に関わるような問題が隠れていることがある。

たとえは、震災後直ぐの現地では、最新の情報、安定した情報伝達手段、衣服などが必要とされていた。
しかし、仮設住宅などが出来始め、豊富に集まる物資支援に規制がかけられた7月に現地を訪れると、様子は様変わりしていた。
体育館に段ボールで仕切りをつくり床に座る汗だくの人々。
窓を開ければ魚の腐敗臭。体育館は蒸し暑くこのままでは命が危ないなと直感した。
目の前に居た家族に「扇風機はないのですか?」と声を掛けると、
「あるにはあるが、この大きな体育館に3つだけ」という。
こうやって現場に立ち、暑さや匂いを体感し、現場の声を聴いてようやく必要なことが見えてきた。
それは気兼ねなく使うことの出来る、一家に一台の扇風機である。

帰宅後、現場の声、現場の様子を仲間に呼びかけると。20代から80代の東京、群馬、栃木、千葉、神奈川の家庭の主婦、高齢の皆さん、サラリーマンなどの仲間が資金を提供してくれた。封筒に入って寄せられたお金。私は、このお金を握りしめ扇風機を求めた。しかし、電力不足、節電志向を背景に扇風機は品薄状態、なかなか見つけることができなかった。東京や神奈川、手当たり次第に捜し歩き最後の24台目を購入した時、店先で泣いてしまった。被災地で見た汗だくの人々を思うと、1日も早く届けたいと必死だった。

扇風機は東北の2つの町に届けた。特に避難所や仮設住宅に住む小さな子供、介護、病気を持つ人や、その家族に配ってもらえるように現地で知り合った民生委員などの方に依頼した。そして、この扇風機が人々に行き渡ると1か月ほどして「寝たきりのおじいさんの表情が楽に見える」「扇風機をつけて受験勉強を頑張っています」などと写真と共に手紙が送られてきた。支援者と集まり、報告会を開いた。

2016年の今年、東北との繋がりはまだ続いている。
先日、現地で知り合った元中学校の先生に数か月ぶりに連絡をした。
「いま必要なものはありますか?」と尋ねると
「もう支援は充分。」という答えがかえってきた。

現場に行かなければ、本当のことは分からない。

今年は2年ぶりに現地を訪ね、震災から5年の声に耳を傾けたい。
そして、私に出来ることはわずかであるが、寄り添っていきたいと思っている。

中嶋

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