7日(木)23時からBSジャパン夢職人に「万協製薬」さん登場

21年前、阪神淡路大震災で工場全壊。
三重県でも雨が多い地域でしかも過疎の町といっても良い所で再スタート。
工場の一角には社長が趣味で集めたフィギュアを飾った博物館も作られていた。なんと年間1万人の入場客を集めているという。
非価格経営の手法でも学べる「万協製薬」さん。

BSジャパン7月7日(木)23時からの夢職人に登場

阪神淡路大震災で工場全壊、すべてを失い三重県で再起。わずか20年で売上高70倍、開発した製品は300種以上、取引先80社。外用薬に特化した驚異のスーパー中小企業の秘密に書家のHILOKI TANAKAが迫る。

震災後、ビジネスパートナーからも従業員からも見放され、残ったのは外用薬(塗り薬)をつくる機械だけだった。松浦信男社長は当時を振り返り、「当時、会社は誰からも必要とされていなかった。これからは人に必要とされる会社にならなければ」と語る。

新工場でまず取り組んだのは、人の死なない工場にすること。震災の教訓から社員の命を守る工夫を随所に取り入れた。さらに、取引先からも必要とされるため、守りの下請けから攻めの下請けへの転身を試みた。すなわち開発力を強化し、OEMからODMへの経営方針の転換だった。

OEMと違い、ODM(Original Design Manufacturing)すなわち開発を自ら行い、他社にも製品を売れる権利を持つ下請けの形。例えば、A社の依頼で万協製薬が開発した薬は、他のB社やC社にも別ブランドの薬として売る権利があるということ。例えA社から発注が来なくなってもB社やC社との取引があるため、最悪の状況を避けられるのだ。

さらに、取引先を増やして経営を安定させるために常識破りの計画を打ち出す。毎週、新製品を開発し市場に投入するというのだ。開発部署はわずか9人。このわずかな人数で無茶な目標を次々とクリアしていく。気がつけば年間60弱の新製品を開発、販売にこぎつけている。1週間に1つの新製品を出している計算だ。

なぜ、こんなに開発できるのか?その秘密は、塗り薬に特化して作ってきたことと社員のモチベーションの高さにあった。会社には社員の改善提案が壁中に貼ってあり、そのすべてに社長からの評価が書き込んである。優秀な案には賞金も出る。また、社員が寛げるように食堂には5,000冊の漫画。すべて社長の私物だ。休憩中には漫画でも読んで休んで欲しいという気配りという。

工場の一角には社長が趣味で集めたフィギュアを飾った博物館も作られていた。なんと年間1万人の入場客を集めているという。さらに、年に2回、コスプレイベントも開催。人を集めて地元を元気にしようという狙いだ。顧客にも、社員にも、地元にも必要とされる会社である。

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