NHK大河『光る君へ』を仕事に活かす (源氏物語)若紫・下

 光源氏41歳から47歳まで絶頂期から下り坂への局面。

 冷泉帝が東宮(後の帝)に譲位します。これと同時に、太政大臣が隠居を申し出ます。東宮には明石の女御腹の第一皇子が立ちました。源氏は(藤壺の宮との密かな愛によって産まれた我が子が、御子の無いまま帝位を去るとは…)と、命を懸けた恋が身を結ばなかった事を密かに嘆きます。

 ある日源氏は、紫の上から「出家したい」と切り出されますが、紫の上が去った後の孤独を恐れる源氏は必死に懇願し、考え直すよう説得します。 後日、源氏一行は明石入道の御願ほどきのため、明石一族を伴い住吉大社へ参詣します。源氏はかつて須磨に蟄居した頃、先の太政大臣がはるばる訪ねてきた事を思い出しました。明石尼君にこっそり歌を送り、尼君は源氏の心遣いに感涙します。 翌朝、明石尼君のいる牛車を見た貴族は幸運をつかんだ一族を褒め称え、「明石尼君にあやかりたい」と噂します。

 翌年の朱雀院の五十の賀に向け、源氏は女三宮に琴を教えます。年が明け正月に六条院で華やかな女楽が催され、女三宮、紫の上、明石の女御、明石の御方が揃って見事な演奏を披露しましたが、その晩に37歳の厄年だった紫の上が突然倒れます。病状は好転せず、源氏は紫の上と共に二条院に移って看病に付き添いました。

 一方、柏木は女三宮の異母姉女二宮(落葉の宮)と結婚するが満足できず、源氏が紫の上につきっきりで手薄になっていた隙をついて、(女三宮の)乳母子の小侍従の手引きで女三宮と密通します。その直後、紫の上が一度は絶命したがかろうじて蘇生、その際に六条御息所の死霊が現れて源氏を戦慄させました。後日、源氏は御息所の死霊を供養するため、紫の上に正式ではないものの在家で戒を受けさせました。

 後日、女三宮が懐妊します。紫の上の病状も小康状態になった夏の末頃、見舞いにやって来た源氏は偶然柏木からの恋文を見つけ、事の真相に気付きます。小侍従は女三宮を責め、宮は源氏を前にして生きた心地がしない。源氏もそんな女三宮に皮肉を言い、父院に心配をかけないようにとそれとなく説教します。柏木もそのことを知らされ罪におののき、さらに六条院で行われた試楽の際、源氏に痛烈な皮肉を言われて病に臥しました。柏木の容態が「枕も上がらないほどの重態だ」と使いの者から知らされた、致仕の大臣と北の方は驚愕し、すぐさま実家に引き取る事を決断。実家で療養する事になり、女二宮と一条御息所に涙ながらに謝罪し、一条の屋敷を後にしました。               (人を大切にする経営学会:根本幸治)

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