忖度することはお客さまのためなのか?
坂本光司先生が講義の中で「私は困っている人や気になる人が目の前にいたら声をかけることにしている」と話されたことがあり、あることを思い出しました。
私が八ヶ岳高原にあるレンタヴィラ(貸別荘)のフロント責任者を務めていた時のことです。
ある日、「A(女性)で2名の予約をしています。Aは後から来ますので・・・」とチェックイン手続きに来た女性客がいました。当時は予約者名や予約内容が確認できれば、同伴客でも先に手続きをしていたのです。宿泊カードには手続きに来たBさんの名前と連絡先が書かれていました。
その後、チェックインに訪れたAさんの様子がおかしいという報告を受け、私が応対して事情を伺うと、先にチェックインしたBさんは、Aさんの同伴者ではなく、勝手にAの予約名を伝えてチェックインしたことがわかりました。Aさんに同伴する男性が困惑の表情で「すみませんが、他の別荘をお願いできませんか?」と言ってきたので、理由を尋ねると「彼女(B)は私たちの知人ですが、事情があって、いま会うと、逆上して何をしてくるかわからないので・・・」と言うのです。いわゆる三角関係のもつれだということは想像に難くありませんでした。男性が「私たちが来たことは彼女(B)に教えないでほしい」と懇願してきたため、新たに別荘を用意したのです。
Bさんが思い詰めて不測の事態が起きないか心配でしたが、携帯電話はまだない時代で、別荘にも電話は設置されていませんでした。予約内容を確かめると、夕食はケータリングになっていたので、様子を確かめるチャンスと思い、料飲課長に事情を話して直接配達をお願いし、様子を見てきてもらうことにしました。「デリケートな問題なので、お客さまの事情には一切ふれずに様子を見るだけにしてください」と念を押すと、「わかった。任せておけ!」という頼もしい返事でしたが、配達後に様子を聞くと、「心配ないよ。暗い感じだったから、『大丈夫ですか?』って声をかけたら、『はい、大丈夫です』って返ってきたから」と、笑いながら言ったのです。
「ええ~!!大丈夫ですか、って声かけたんですか!」と、その時私はかなり落胆しました。
翌日、Bさんのチェックアウトを私が対応し、「滞在中に不都合はありませんでしたか?」と探りを入れると、「お気遣いいただき、ありがとうございました」と、弱々しい声ながらも笑顔を見せて答えてくれたのです。
私は救われた気持ちになりました。
おそらく、一人であれこれ思い悩んでいた中、料飲課長からかけられた思いがけない一言で、Bさんは、ふと我に返ったのかもしれません。自分を心配してくれる人がいることに気づいて、前向きになれたのではないか、あるいは声をかけられたこと自体が嬉しかったのではないかとさえ思うのです。
思えば、腫れ物にさわるのを避けるかのように、声をかけないでおこうという忖度は、自分にとって都合のいい解釈でしかなかった気がします。
「ためらわずに声をかけよう、かけずに後悔するくらいなら、かけて後悔する方がいい」
そんな気持ちにさせてくれた遠い昔の出来事が、坂本先生の講義でよみがえったのです。
人財塾7期生
元 金沢星稜大学女子短期大学部副学長
山本 航
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