日本教育会館の思い出
私が日本教育会館を初めて訪れたのは2024年10月、坂本先生との入塾面接の時でした。念には念を入れて1時間以上前に神保町駅に到着しました。
なんという事でしょう。入塾面接の当日は「読書の秋」という時節柄か「神田古本祭り」が開催中でした!私は本を読むことが好きで、本屋も図書館もこよなく愛しています。本棚を眺めて歩き回る行為は旅行に匹敵すると思っている私にとって、神田神保町は「聖地」のような場所です。
道まで本棚があふれ出した聖地を全速力で巡礼し、結局何冊か購入してしまった本を片手に、日本教育会館の地下にある昭和な喫茶店で本を読みながら面接時間を待ちました。
その後、毎月当地に通うようになったものの、お昼休みはいつもコンビニで済ませてしまい、再び「聖地」を旅する機会は訪れませんでした。その事を特に残念に思わないのは、一介の職人であり新米マネージャーという私にとって、経営学、特に「人を大切にする経営」を学ぶという事自体が、全く見ず知らずの土地を旅するような新鮮な経験だったからでした。
日本教育会館の1階にあるコンビニは、お昼時は大変混雑し、いつも行列ができていました。商品棚は品薄になり、選択肢も乏しくなるため、満足なランチを得るのは難しい状況でした。それでも、私はこのコンビニに立ち寄りたい理由がありました。それは、いつの頃からかレジに立つようになった、恐らく東南アジア系とみられる一人の女性の存在です。「お母ちゃん」のような雰囲気で、太陽のように明るく、元気な声でレジに来た全員に声をかけます。「揚げたての揚げ物ができましたよー、おいしいですよー」「おでん温まりますよー」と、売りつけるのではなく、昭和の商店街のような懐かしい、優しい接客をしていました。
ある時、私が買おうとしたホットドリンクの黒豆茶を見て、彼女は「これ私も好きですよー、豆の香りが良くて」と声をかけてくれました。私はただ温かいノンカフェイン飲料を求めて、ほうじ茶と交互に選んでいる程度の感覚でしたが、接客マニュアルを超えてくるこの血の通った会話運びに、思わずドギマギしてしまいました。そして、これまで私が旅先で出会った、様々な優しい人々と交流の記憶が走馬灯のように思い出されました。
石垣島の小さなソーキそば屋さんで一人きりの食事を終え店を出ようとした時、「ちょっと待ちなさい」と、ラフテー入りの巨大な「じゅーしぃ」のおにぎりを持たせてくれたおばあ。パリの下町でワインを買ったもののオープナーが無くて途方に暮れていたら、「仕方ねえな」という感じで、さっと開けてくれたホテルのご主人など。
人財塾では、「制度と風土」について語られることが多かったのですが、私が真似して持ち帰って実践しようとしたのは、大抵は制度でした。やろうと思ってすぐにできるものではありませんが、異国の地でたくましくしなやかに働いているこの女性の振る舞いこそが制度をあふれて「超えてくるもの」であり、「風土(風)」を作るものなのではないか、と感じさせられた体験でした。
いつの間にか旅の終わりがもうすぐそこに。あと2か月よろしくお願いします。
人財塾8期生・(植彌加藤造園株式会社)・鷲田悟志


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