ヨイトマケの唄

母親が退院して、一週間。

手術をした後だから、全快とまではいかないけれども、
夏盛りの暑い中、ゆっくりとしたペースで家事をこなしている。

先月の連休の時に、自分で救急車を呼んで、救急病院に向かった母親。
たまたま親父がその場に居なくって、たまたま僕も居なくって。
前日の夜から、お腹の痛みをこらえては居たのだけれども、耐えきれなくなって救急車を呼んだらしい。

自営業の僕らが、二人とも家に居なかったなんて、本当に珍しい事なんだけれど、物事っていうものは、大抵そういう時に起こるものだ。

母親が運ばれた病院に、僕も慌てて自転車で駆けつける。

「季節の変わり目に起こる、いつもの腹痛だろう。」

そう思って一旦、母親と一緒に自宅に戻ったのだが、どうやらいつもと違う感じ。

先生が念の為にと、休み明けに精密検査の予約を入れておいてくれたので、翌々日に一緒に病院に向かうと、そのまま入院となってしまった。

この歳になると、周りでも両親の身に何かが起こる人は珍しくない。
自分もそういった覚悟をしていたつもりだったけど、実際に起こってみると、本当に笑っちゃうくらい、何にも心の準備なんて出来てはいなかった。

笑われちゃうかもしれないけど、僕は自営業の跡取りとして、
毎日両親と顔を合わせて一緒に仕事をしている事で、これ以上の親孝行なんてある訳ないって思ってた。
しかし、いざ自分の親の身に一大事が起こってみると、自分の足りなさに本当に情けなくて涙があふれる。

出来る限り、母親に会いに病院へ通う毎日が始まった。
ほぼ毎日、学校もあるし、仕事もあるし。
課題提出の時期も重なって、笑っちゃうくらいハードな生活となった。

それでも、何かしないと気が済まなくって。
家から往復1時間弱は掛かるのだけれども、10分でも顔を出せるならと病院へと向かった。

我ながらいい歳して恥ずかしいが、
僕にとっては何歳になっても、母ちゃんは、母ちゃんであって。
いつも元気に目の前に居る事が当然であって。
その身に何かが起こるなんて、これっぽちも想像なんてしていなかった。

子離れ出来ない両親だと思っていたのだけれど、
実は、親離れ出来ていない自分が居た。

病院に運ばれてから、約一ヶ月。
又、自宅で元気な顔を見る事が出来て、本当に良かった。

景気が悪いからと、自粛してもらっていた旅行も行かせてあげなきゃね。
仕事尽しの毎日も、何とかしてあげなきゃね。
おいしい物もたまには奢ってやらないとなぁ。あっ、内科の手術だったから、当分贅沢な食い物は無理かもなぁ(笑)

・・・とか何とか言う前に、何よりも先ずは早く安心させてあげなきゃね。

手術前に言われた一言。

「私からの遺言。『結婚は、する事!』 以上!!」

何もこんな時にそんな事を、って思ったけど、前向きに検討しなきゃ・・・ですね(苦笑)

 ♪姉さんかむりで 泥にまみれて
  日に灼けながら 汗を流して
  男にまじって 綱を引き
  天にむかって 声あげて
  力の限りに うたってた
  母ちゃんの唄こそ世界一
  母ちゃんの唄こそ世界一♪

母ちゃんの働く姿を、幸運にも幼い頃から見続けていた僕にとっては、この唄は、何だかとっても心に残るんです。

以上、名乗るのもお恥ずかしいですが、M1の望月@図書館で課題勉強中でした!

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