賽は投げられた

日曜日担当の金森です。

地元ではなかなか落ち着いて学べない、
そんな状態が結局1年続きました。
自分なりに環境整備に努めましたが、
結局、落ち着いて学べる環境が手に入りません。

そうなると不思議なもので、
「私はいったい何がやりたいのか」と
自然に自問自答し続けていました。
こんな悩みに時間を遣っている自分に嫌気がさした頃、
「私は本気で学問を究めたい」とようやくわかりました。

もう20年若い頃に悟っていれば、
違った人生が展開したかもしれませんが、
案外この時期でよかったのかもしれません。

なぜなら、真摯に学ぼうという気持ちは今が最高潮だからです。
そして、信頼し尊敬できる師を見極める眼だけは備わったからです。

私の進路は今日現在白紙ですが、
どんな展開になったとしても、
「絶対にぶれない自分」と「何が何でもやり遂げる志」
これだけは誰にも負けない自分になっていました。

この苦悩の1年が無ければ決して悟ることのなかったことでした。
賽は投げられ、それと引き換えに
「覚悟」という贈り物を手にしたのでした。
人間万事塞翁が馬とはよくいったものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

「賽は投げられた」への4件のフィードバック

  1. 金森様
    私も金森様と少し同じ気持ちかも知れません。
    企業で「ホスピタリティ」を実践しながらも極めきっていない感があり、
    辛いものがありました。
    頑張って下さい。

  2. 金森様
    わたしも大学で学び直したいです。どうしても自分の中の“やり残した感”が20年来消えないのです。しかし生活を維持しなければならず、とてもムリです。わたしにはいま少し時間が必要なようです。
    「人間万事塞翁が馬」ですか。。応援しています。

  3. 天使の鈴 宮崎ちえ様
    コメントありがとうございました。
    自分の思い通りにならないとき、現状をどうとらえ、
    そして、どう行動するのかが試されているように思います。
    私について言えば、
    私なりに現状の中で努力してみたものの、
    先に希望が見えなくなった瞬間に決断しました。
    しかし、それを手放すことによって、
    思った以上の贈り物が届けられるように思います。
    正しく悩み、正しく考えていれば、
    きっと正しい判断力を持った人が
    認めてくれるように思います。
    宮崎社長の取り組まれていることは、
    まだまだ未知数だからこそ苦悩も付きまといますが、
    「やれるから機会が目の前に与えられている」
    私はそう思います。
    ぜひ、この業界の先駆者として
    大いに開拓していっていただきたいと願っています。
    坂本先生はじめゼミ生みんなで
    訪問させていただきたいと思います。
    金森

  4. 山崎弥太郎 様
    はじめまして。
    コメントありがとうございました。
    本当の学びに年齢も開始時期も関係ないように思います。
    「学びたい」という気持ちが起きた時、
    案外さまざまな道があるものです。
    たとえば、法政大学院では、
    大卒でなくても入学が認定されるケースもありますし、
    遠方からでも、
    研究生、科目履修生などとして通学が可能です。
    私も名古屋から通っています。
    地元の学校には魅力が感じられないからです。
    学びたいときに、
    受けて入れてくれる学校、
    受け入れてくれる仲間、
    これが特に社会人にとっては、なにものにも代えがたい
    財産になるように思います。
    少なくとも、法政大学院政策創造研究科は
    驚くほど、器の広い素晴らしい一流の教員が揃っています。
    このため、
    ここで学ぶ学生の質も大変素晴らしいです。
    いろいろな選択肢から検討してみてください。
    一度、坂本ゼミにご見学にいらっしゃいませんか。
    金森