知覧再訪

野口具秋です。

再びの訪問です。
知覧特攻隊平和会館は老若男女かなりの訪問者です。
高校生の修学旅行も目にします。
笑い声を立てることなく真剣な面持ちです。
「アンネの日記」と同じく、
特攻戦士の遺書がユネスコ世界記憶遺産に申請申です。
ここの歴史を風化させてはいけないと思う。
戦直後の戦争を知らない一期生です。68歳なのです。

平松さんと近藤さんが、
若き特攻戦死者の遺書を読み聞かせてくれました。
ここから439人もの若き飛行機乗りが、
沖縄の空に散って行った事実を読んでくれました。
30年経って引き上げられた崩れ落ちそうな
「ゼロ戦」の操縦席に、どのような思いで
操縦桿を握りしめていたのか、
姿なき必死の操縦士に声かけたくなる衝動に駆られるのです。

現存する戦闘機「飛燕」の前で、
知覧のすべてを語ってくれた語り部の荒木さんは86歳でした。
特攻生き残りのようです。
沖縄の海原に泡と消えた法政大学の大先輩が
18人もいた事実を事前に調べていてくれました。
250kgの爆弾を搭載した特攻機は1,500隻の米軍兵士を
心底、死の恐怖に落とし込んだのです。

訪れる誰しもが、戦争の悲惨さと
軍部による「死への賛歌」思想教育の怖さを
わずか10代で命を散らした若者の屈託ない
前日の笑顔の写真を前にして、深く考え込んでしまうでしょう。
翌日、母子3人で夫より早く死を選んだ
特攻隊員の遺書の話を昼食のレストランですると、
人目も憚らず涙を流すワイフでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

「知覧再訪」への1件のフィードバック

  1. 野口さん 
    おはようございます!
    知覧特攻平和記念館は5回ほど行きました。
    特攻出撃した半数以上が学徒動員された大学生だそうです。
    今の平和があるのはもの凄い数の戦争犠牲者のお陰だということを絶対に忘れてはいけないと思っております。