小林秀雄の直観を磨け

法政大大学院 坂本光司ゼミ 修士1年 根本幸治

小林秀雄先生1974年の講演、新潮CD「信ずることと考えること」が大好きだ。

坂本先生が弥勒菩薩なら、小林先生は文殊菩薩。

大学受験勉強で現代国語の最多頻出の小林秀雄の文章は超難解で30年前に私を苦しめた。

ところが、講演(口語)の内容は痛快であり容易に共感できるのである。
下記に記す。

ベルクソンの研究にあるように、物質(体)と精神(心)は独立して共に存在する。
目に見えるものだけでなく、目に見えないものの重要性を認識すべきだ。

信ずるとは、自分流に主観的に信じるということ。哲学的。自己に責任が生じる。自由。
知るとは、学問的に客観的に知るということ。科学的。自己に責任は生じない。インテリ。徒党。
考えるとは、対象を観察分析するのではなく、対象を自己と交らわせ想像を発揮すること。

小林はインテリの批判的物知り人、科学者、徒党するイデオロギーを徹底的に糾弾する。
ユリゲラーの超能力、柳田国男の遠野物語、本居宣長の古事記伝をありのまま肯定する。

歴史は、何が事実かを探求することに意味がなく、また大河ドラマのように装飾するも良くない。
歴史を学ぶとは、過去を想像し現実に重ね、今に活かすことである。鏡として自分を見るもの。

歴史や日常の体験を得て自己の魂が振れるとき、本当の実在が生じる。
それは主観であるため危険なものなので、信じるに当たっては責任を取らねばならない。

主観的に情熱的に信じるものであるから、他者に感動を与えることができ、生きる価値がある。


小林秀雄(文芸批評家)1902~1983年

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「小林秀雄の直観を磨け」への1件のフィードバック

  1. 根本さん
    小林秀雄さんは、受験勉強で必須でした。
    当時は、よくわかりませんでしたが、
    根本さんの文章を呼んで、
    そういうことか、と得心しました!
    本田 佳世子