人を大切にする経営学会のご案内

法政大学大学院、坂本光司教授が会長の「人を大切にする経営学会」の入会のご案内をさせていただきます。
会員の方はお知り合いの方をお誘いください。また、SNS等での拡散をお願いします。

入会案内後、今週は、精神障害就労継続支援A型事業と自立訓練事業を行っている優しい専門家からの諸外国と比較、体験されたことを分かりやすく説明しています。森越先生の優しさは添付の写真からも感じますね。

1.学会の入会金はいりません。
 年会費のみです。
 カード引き落としをお勧めします。
 個人会員 1万円
 学生会員 5千円
 他に団体会員、振込等の案内は下記のURLの学会の入会申込書にあります。
 年間会費は、毎年、3月までとなります。

2.「人を大切にする経営学会」の年次総会は、学会員のみが参加できます。
 今年は、8月27日(土)から28日(日)に駒澤大学で開催されます。
概要が「メルマガ」に掲載されました。

 年に3回程度開催される優良企業研究・見学会が開催されます。これも学会員のみが参加できます。
 6月28日に開催されますが、学会のメルマガで案内し定員に達しました。キャンセルが出る場合があります。

 各地域部会の設立も進んでいます。「人を大切にする経営学会」のHPをご覧ください。

3.毎週金曜日に学会のメルマガが送付されます。
  冒頭の投稿だけでも毎週学びがあります。
 
4.3月23日に開催された第6回日本でいちばん大切にしたい会社大賞の参加者は定員以上の参加650名となり感謝いたします。
 半数の方が学会員以外でした。
 この機会に入会をお勧めいたします。

下記が入会関係のURLです。
学会会則により、入会には会員の推薦が必要です。推薦者の氏名を入力してください。
お知り合いがない方は坂本ゼミ生か学会事務局、法政大学大学院 坂本 光司研究室のFacebookページのメッセージにコメントをお願いします。

http://www.htk-gakkai.org/決済/入会フォーム/

直近5月27日のメルマガの冒頭の投稿です。
「ラグーナ出版」さんは「日本でいちばん大切にしたい会社 3」
「幸せな職場のつくり方」(同社から出版しています)
「日本一ハッピーな保育所を目指して」(増田かおりマミーズファミリー代表取締役著)
に掲載されています。

業務拡大により昨年末、移転し住所、電話・Fax番号が変更されています。
●新 住 所
〒892-0847 鹿児島市西千石町3番26 イースト朝日ビル3F ラグーナ出版
●新電話番号
099-219-9750(ラグーナ出版) 099-219-9722(サポートネット・ラグーナ)
●新FAX番号
099-219-9701

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精神障害、医療と福祉の現場から
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                 人を大切にする経営学会 理事 森越 まや
株式会社ラグーナ出版 代表取締役会長・精神科医

1)株式会社ラグーナ出版のご紹介

私は、現在、鹿児島市にある株式会社ラグーナ出版の管理者として働いています。
株式会社ラグーナ出版(以下ラグーナ)は、障害者総合支援法に基づく
多機能型事業所でもあり、精神障害就労継続支援A型事業と自立訓練事業を
行っています。
社員として、30名の精神障害体験者とスタッフ8名が共に働き、出版・製本・
印刷業務、またコミュニティラジオ番組の制作・出演等を行い、また、
生活支援である自立訓練事業には3名のスタッフが40名の登録者とともに
活動しています。

ラグーナの原点は2005年当時、勤務していた精神科病院のデイケアで始めた
本作りでした。同僚の精神保健福祉士の川畑(現ラグーナ代表取締役)
と8人の患者さんとでNPOを設立、二年の活動を経て2008年に会社設立となり、
現在に至っています。
今日は、私たちの活動のご紹介とその背景となっている精神医療の現状
について述べさせていただきます。

2)日本の精神医療の現状

私は、1987年から精神科医として臨床の現場で働いてきました。
日本の精神医療は、世界に類を見ない病院中心、入院中心の医療です。現在も
34万床の精神科病床を抱える国は他にはありません。厚労省によると、
全世界の精神科病床数が185万床ですから、世界中の精神科入院の6人に1人が
日本の患者さんという数字です。また、日本の全科の入院数からみると
4人に1人の入院患者さんが精神科の患者さんということになります。

2012年のデーターで、日本の病床数は1000人に2.7床、アメリカ、
ドイツなど0.5床、イタリアに至っては精神科病院が存在せず、総合病院の中の
精神科病棟での入院です。

入院数だけではなく、入院期間でも日本は抜きん出ています。
精神科入院の平均日数が50日を越えるのは日本とポーランドだけですが、
ポーランドの100日前後に対して、日本は300日あまり。平均日数で
300日ですが、どこの精神科病院にも創立以来入院している、つまり、
創立50年を越える病院には、50年を越えて入院していらっしゃる方が
少なくありません。

世界に比べて日本には、精神病の患者さんが特別多く、特別深刻な病状で
退院ができない・・ということは決してありません。
精神病は、時代や文化で作られます。制度があればその中で、病気や障害の
枠が生まれます。日本はなぜこのような入院中心の精神医療が続くのか、
それは患者さん中心の医療といえるのか、迷うことが多い現状です。

3)病院から地域へ

背景の一つに、医療費など経済的な側面があります。
日本は保険診療であり、入院費用や薬代、医療にかかる費用は、国の健康保険
医療費でまかなわれます。個人に経済的な負担が少ないことは、入院が長期
にわたる原因の一つです。欧米では医療費が莫大にかかるため、長期入院は
経済的にも困難です。イギリス、イタリアなど、早くから病院に替わる
地域支援の在り方が模索されてきました。

ようやく日本でも、平成16年に国が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」
として、精神科病床数を減らし、地域へ移行していく改革を示しました。
10年を経て、いまだに病床数の減少はなく、地域支援も十分ではありません。
長期入院の患者さんが死亡退院となる中で、精神科病院は認知症や高齢者の
入院を進めていく現状です。
社会の為に懸命に働き、家族を支え、その後は精神科病院で晩年をおくる
という国に未来はあるのでしょうか。

4)病者から障害者へ

平成5年に「障害者基本法」が成立し、精神障害者が身体、知的とともに
いわゆる3障害とされ、障害者基本法の対象として明確に位置づけられました。
それまで精神科の患者さんは病者として、病気を治すことを優先され、
地域では福祉の恩恵から外されていました。病者から障害者へ。良くも悪くも
この枠の変化は深く重いものです。

精神病は、環境と治療でとてもよく回復します。また、病気の前に
習得していた知識や技術も失われることはありません。病気をすることで
一層身に付くものもあります。
社会に役立つ能力を備えていても、活かせる場は多くはありません。
誰もが病人になる可能性がある。たまたま今は病人でないだけです。
精神疾患は人生の途中で始まることが多く、一生懸命生きる日々の暮らしの中で
突然災害にあうようなものです。
その後の人生をどのように生き抜くか。
私は、日々、この課題と向き合いながら静かに生きている患者さんたちに
支えられる毎日です。

ラグーナの活動の原点となった本つくりには、患者さんの言葉を残したい
という思いがありました。語らずとも皆、深い言葉を心に湛えています。
家族にさえ伝えられずに消えて行く言葉を残したい、それから仕事を作りたい
ということでした。
最初の活動から10年、共に働き、精神障害があっても地域で働きながら
暮らせることを実感しています。
社会は障害をいう枠を作り、大切な宝を活かせないでいるのではないでしょうか。

5)体験者のことばからー働くことと回復

ラグーナで制作したラジオ番組「シナプスの笑いラジオ版」で、社員の一人で
統合失調症を抱える栗さん(ラジオネーム)が働くことと回復を語りました。
いつもにこにこ働いている彼女が越えてきた病の荒波、そして働くことを
希望の光と思うに至った人生を紹介したいと思います。

栗:私は、13歳で両親を失くし、義理の叔母達に育てられました。20歳のころ、
迷惑をかけたぶん早く自立しなければと思い、バイトを掛け持ちして朝の8時
から夜の11時まで働きました。そのうちにだんだん眠れなくなり、心配した
叔母達と口論になったりしました。ある朝ゴミを捨てようとしたとき、
「この子だよ」という声が聴こえ、だれもいないのに変だなと思いました。
それがきっかけで身の回りで不思議なことが起こり始め・・今まで見てきた
戦争映画とか経験した出来事が混ざり合って映像化されて見える、爆弾が
落とされる音や光景に恐怖で混乱状態になりました。自分で自分を抑えられない
ことが恐怖でした、診察室から病棟のなかに連れて行かれるときに、お腹と
手を拘束されたのですが、まだ足が自由に動くことが心配で「足も拘束して
ください」と自分から言いました。今思えば、叔母達もつらい思いで
私を連れて行ったと思います。

川畑:恐怖でいっぱいの状況から就職するまでには色々なことがあったと
思いますが、その過程について教えてください。

栗:入院は9ヶ月でした。病状が治まったころ、窓から外を見ると、木々の緑
が鮮やかで季節感を取り戻したようでした。退院後は六年間デイケアに
通いながら、病院内の作業所で内職の仕事をしました。その後、次のステップ
に進みたいと言ったら、就労継続支援B型事業所の弁当屋を紹介され、
そこで働くことになりました。

川畑:おばさんたちも喜んだでしょう?

栗:いいえ。「もうあんたは無理よ」と猛反対がありました。仕事が原因で
入院になったので、とても心配したと思います。病院内の簡単な仕事だから
と説得して、休まず通所することで理解が得られました。弁当屋の仕事では
体力がつきました。力仕事もそうですが、人間関係での忍耐力もつく場で、
基本的な社会ルールとかマナーが学べました。症状も安定していて心の体力が
ついたように思います。病気とともに行きている自分はまわりにどんなふうに
診られているだろうか、成長していく自分を叔母達はどういうふうに
思っているだろうかと考えながら仕事をしていました。身内やまわりに
支えられたおかげで今の自分がいると思います。

川畑:いつも笑顔で仕事をされていますが、入社して感じたことを教えてください。

栗:入社できたことがすごくうれしかったです。いい環境にめぐまれて
ありがたいと思います。自分で努力していることは、無理をしないことと
睡眠をよくとること、コミュニケーションをできるだけとるようにしています。
あとオンとオフを切り替える。何より大切なことは、信頼できる上司と
支えてくれる仲間がいることだと思います。

川畑:上司や仲間の応援は、栗さんが素直に物事をよく聞いて、そして
一生懸命仕事をする姿があるからだと思います。栗さんにとって働くことを
一言で言うと何でしょうか。

栗:希望の光です。そして「寛解」と呼ばれる状態になれたのだと思っています。
「寛解」とは薬を飲みながら社会生活が普通におくれる状態だと聞きましたが、
薬をきちんと飲んでいれば、一般社会の人たちと同じぐらいの仕事ができると思います。

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