ご活躍

野口具秋です。

旅の途中のHさんに久しぶりに会った。
朝霞から出掛けて行くのだから、真ん中当たりの
市ヶ谷にしようと提案する。東京駅と譲らない。
店はというと、大好物の「手羽焼き」の鳥料理店に
ズンズン入って行く。
焼き鳥は、塩かタレのどちらに…、
言葉を言い終える前に、「塩にしよう!」
私はタレと言ったのだが、気勢に押され言葉を飲み込む。

元JALのHさんも程なく馳せ参じる。
野口さんくらいの年になると、
相手してくれるのは僕くらいしかいないよ。
言いたい放題である。

店の運営は順調に推移しています。
3ヶ月ほど経過して早くも利益が出たと、ほっとした様子です。
その間、5kg痩せたのです。
連日2万歩歩き回る生活なのだそうです。
冗談で「丁度良かった」などと軽々にいえるものではありません。

障がい者の方に、早速にも十分の報酬を
支払うことができた安堵感があります。
レストトランの場所は、墓地を越えて判りにくいのだ。
霊を感じる人はヤバイ。笑いが出ます。

最たる懐かしい顔は20年位だろうか。
昭和51年入社の名古屋時代の僕の部下です。
彼らも、もうじき退職の時期です。
新入当時の酷い上司と恨んでいるかも知れない。
集まって来ました。3人とも同期でした。
全員、功成り、立派な管理職。でっぷりしています。
頭も体も見る影無し。声は昔のままなのはビックリ。
乾杯発声後、一番入社、出会いの開口一番のイジメを責められた。
やはり50年前を覚えていました。

大リーグのイチローが
偉大なピートローズの安打記録にあと1本と迫ってきました。
われわれは野球青年だったのです。
名古屋の100m道路に面してあった支店なので、
道路の中の公園が練習場だった。
取引先や卸さんのチームと試合をする。
ゲーム後、汗まみれに冷えたビールは格別でした。
江戸っ子の監督だった上司が亡くなって
20年以上が経ったことを知りました。

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