「叶 匠壽庵」、創業までの経緯

20日(木)に「カンブリア宮殿」で放映された「叶 匠壽庵」、創業までの経緯を補足したい。
戦争から生き残って死んだも同然からか、こんな経緯もある。

法政大学大学院 坂本 光司ゼミでは先輩の「イマージョン」の「藤井正隆」さんのカメさん日記から。
2015/10/27

叶 匠壽庵 創業者の魅力(バカになる!)
カメさん日報です。
本当に企業経営で重要なのは、学者が研究していることとはかけ離れていることを感じます。
成功の秘訣の一つは、徹底すること、もっといえば、いい意味でバカになることではないかと思います。
滋賀県の和菓子の株式会社 叶 匠壽庵は、前任の芝田 清邦さんの娘婿が、現在、代表取締役社長 芝田 冬樹さんが経営の後を継ぎましたが、以前、創業者の長男での芝田 清邦さんからお伺いした創業者のエピソードを共有化します。

叶 匠壽庵は、昭和33年9月創業ですので、和菓子の世界では京都の和菓子のような歴史があるとは言えません。
そうした中で、全国の百貨店からの要請で出店し、現在、70店舗となっている秘訣は何なんでしょうか?
以前から、一度、お話をお聞きしたいと思っていましたが、創業者は他界してしまいましたので、足が遠のいていました。

創業者の故芝田清次さんは、戦争で片目に銃弾で失い、ずっと義眼で、夜、眠るとき、片目を外しすのが息子の清邦さんがまだ子供のとき、怖かったと言います。
今、橋本大阪市長の従軍慰安婦発言が問題になっていますが、当時、片目を失ったとき、「これで、ようやく日本に帰れる!死なずにすんだ!」と思ったそうですから、いかに、戦争が悲惨だったか・・・・と思います。

さて、さて、清次さんは、まず、警察官になりました。
当時、先輩が、闇市で没収した品物を掛けマージャンで取り合いをしていたのを見て、これは犯罪だと思って警察内で、その中でいちばん偉い先輩に手錠をかけて逮捕してしまします。
そして、さらに上司に報告すると、逆に、なんてことをするんだ!といって刑務所に転勤させられます。
刑務所では、受刑囚が40度の熱を出しているのを先輩に報告すると、「ほっとけ!どうせ悪いことをした奴だから」と言われましたが、一晩中看病して医者を呼び命を助けますが、また、転勤をさせられ、今後は、市役所の観光課に、
そこで、商店街の取りまとめ役に、「商店街がダメなのは、各お店の努力が足りないだけで、イベントで人が集まっている!」といったのですが、大物政治家と取りまとめ役は知り合いだったために、飛ばされてしまいます。
そんなこんなで起業したのがあと一年で退職金が入る39歳の時です。

ふくやの川原社長にも同様のお話をお聞きしましたが、ふくやの創業者と同じで、大津に大した名産がないから、といった理由で和菓子屋をはじめました。
真面目を絵に描いたような清次さんは、お菓子作りにも実直で本当にいい材料を使って丹念に取り組みますが、そのことが日の目をみたのは、松下幸之助の奥様、皇后陛下の美智子さんのお母さんが食べてファンになり、奥様方のお茶会で使うようになってからです。すると、評判を呼び全国の百貨店から出店依頼があり成長していきました。

従業員のほとんどは貧しい山村の出。
知的なハンディを負った者や少年院帰りも少なくなかったといいます。
そうした彼らは芝田さんと一緒に、「日本一の菓子づくり」を目指していたといいます。そして、当時、まだ、会社が小さいときは、多くの給料が払えなかったので、自らの「傷病恩給」から少年院帰りの元悪童に小遣い銭を渡して可愛がるなど、人を大切にする経営をしていたそうです。

エピソードが残っていますので、参考までにご紹介します。

まず、お菓子作りにはこだわり、自然なものしか使いません。
そして、大津ならではのものを作りたいといった思いから、自ら農業に早くから取り組み、自社で作った農産物をつかったお菓子作りをしています。
接客でもおもてなしを大切にしていますが、清次さんは、街で叶 匠壽庵の紙袋を見つけると、
「叶 匠壽庵の社長の芝田でございます!お買い上げいただきありがとうございます。」とどんな場所であっても飛んでいってお客様にお礼を言ったそうですから、周りから見れば恥ずかしかったそうですが、その愚直さは従業員に伝わり、伝説のサービスを沢山つくっています。
一つだけ紹介しますと、本店のあるスタッフが、急ぎで買い物に来られたお客様が、買われたお菓子の一つを忘れたのに気が付きました。
お客様から「〇〇時の新幹線に乗るから早くしてくれ!」と言われていたのを思い出し、急いで京都駅まで行き、お客様が言っていた時刻の新幹線に一緒に乗車。名古屋の手前でようやく買われたお客様を見つけ手渡し自分は名古屋で下車し、折り返し京都まで新幹線で帰ったこともあるそうですが、通常では考えられないことですが、この位までやるとその愚直さは本当に魅力的で応援したくなります。

また、叶 匠壽庵 寿長生という6万3千坪のお庭をつくり、四季とりどりのお花が楽しめますが、全部無料開放するなどの取り組みを数多くされて、お菓子も美味しいですが、やること一つ一つがとても素敵です。
ご長男の芝田 清邦さんは、創業者の清次さんに引けを取らない素晴らしい方で、先代の思いを引き継ぎ、さらに、自費で大津の文化をつくるために、お庭を拡張される計画もされているなどDNAは確実に伝承されていると感じました。
清次さんに「戦略とは何か?」と質問されて、すかさず「戦略とは戦わないこと、戦いを省略すること」と応えていましたが、学者とは違った独特の哲学があるのだと思います。
この位、いい意味でバカでないと、一代でこれだけのことはできないと感じます。
生菓子は、保冷剤を入れても2~3時間しか持たず持ち帰れないために、その場で買ってお庭で食べましたが、その雰囲気、物語を聞いて幸せな気持ちになりました。

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