3日の日曜日と4日の月曜日も声をかけたい

夏休み開け後の9月1日。
3日の日曜日と4日の月曜日も声をかけたい。

瀬戸川 礼子さんの1日の投稿から。

今日は2017年9月1日。

学校に行っている人は、夏休みが終わって新学期ですね。

先ほど、隣に住んでいる小学校の女の子と偶然会い、

明るい表情であいさつしてくれて安堵している大人の私です。

9月1日は18歳以下の自殺が多くなる日だと知ったのは去年でした。

私も小4のときに、足取り重く9月1日に登校した経験があるので

自分なりに気持ちが分かります。

学校だけが世界じゃないです。

学校に行かなくても生きていけます。

死んでしまいたくなるほど辛いなら、

我慢して行く必要はないんですよ。

そして、

未来を信じてください。

子供のころのいじめっ子に、

今もいじめられている大人っていないでしょう?

終わりが来るんです。

私はそのとき、誰にも言えずに一人で恐怖を抱えていたけれど、

今ならあの時の自分に、大騒ぎしていいんだよと言ってあげたいです。

人に言うのって、それ自体が怖いことは分かります。

でも、どうか勇気を出して、ひどいことをされているって言ってください。

一人に言ってダメなら、ほかの人に言ってください。

それと、私はたまたま奇跡が起きて、いじめから逃れられましたが、

奇跡が起きなかったら、人に言うしかなかったと思います。

怖い思いをしているなら、人に伝える怖さも乗り越えられるはず。

一歩踏み出して、助けを求めてください。

怖かった経験をちょっと長いけど書いておきます。

忘れもしない小学校4年生の 9月1日。

私は、行きたくない、でも行かなければならないと覚悟して、

何も悩んでいないように見せかけて登校しました。

原因はX君です。

これがとんでもないいじめっ子で、

よりによって私はこの子に好かれてしまったんです。

好きなら優しくしてくれればいいのに、

この子はどうやら愛情が足りていないみたいで、

人に温かく接するということを知りません。

口から出る言葉は「ばか」とか、低俗なことばかり。

それだけならまだしも、

脅かしたり、物を取ったり、ぶったり、蹴飛ばしたりするんです。

一番ひどかったのは、靴で顔を蹴られたこと。

顔を足蹴りですよ。

女の子の顔にそんなことをしておきながら、

自分の足が高く上がったことを、

俺、すげえって、喜ぶような、教養のない男の子でした。

私は勝ち気な女の子だったし、怖がるそぶりを見せたら

つけあがってもっと悪さをされると本能で分かっていたので、

絶対に泣かなかったし、平気なふりをしていました。

(でも、ほんとはわんわん泣いていいんですよ)。

悪口を言われれば言い返したし、

端から見れば子供らしい喧嘩だったと思うけど、

内心は絶望的な恐怖心が常に隣り合わせでした。

だから、一見、仲が良さそうでも、

必ずしもそうじゃないんです。

子供だって大人みたいに必死で取り繕うんですよね。

先生にも、親にも、友達にも、悩みは言いませんでした。

先生は聞いてくれないタイプの人だったし、

親には心配をかけたくないし、

言えば必ず動いてくれるのは分かっていたけど、

あの子を変えることはできないと思った。

それなら、せめて家では平和な小学生でいたかった。

友達もクラスのみんながこの子を怖がっているから

助けてもらうことは到底できなかった。

それに、このことを誰かに話したら

本当に現実のものとして確定されてしまう気がして、

それはさらに怖かった。

もちろん、ほとんどの人がそう思うように、

私が言いつけたことがその子の耳に入り、

もっといじめがエスカレートするのは絶対に避けたかった。

気力を振り絞って平気なふりをしているのに、

誰かのせいで台無しにされてはたまらないから。

……恐怖の檻の中にいると、

安心して打ち明けられる人って、

見つけられなくなってしまうんですよね……。

普段の学校の楽しさと、

男の子がいつもどこかで私に目を光らせているという絶望感。

その恐怖を誰も知らない。

決して知らせてはいけない(と思い込む)。

光と暗闇が同居している、そんな小学校4年生の春夏でした。

夏休みは、その世界から一時的に逃れられる休戦期間でした。

それだけに、8月31日は気が重くて重くて…、

泥沼にまた入っていかなければならない気分です。

周りにはそんな私の気持ちは一切、気づかせませんでした。

そのときは、それ以外の方法を知らなかったのです。

9月1日の朝が来て、私は何食わぬ顔で学校へ行きました。

心の中は、ありったけの勇気をかき集めて。

そしてすぐに奇跡が起きました。

久しぶりに友達と会って、

廊下を歩きながらペチャクチャお喋りしている私の耳に、

聞こえてきたのです。

「X君、引っ越したんだって」。

ああ神様はいるんだ。

心の底の底の底から思いました。

空からさーっと光が射したように感じて、

本当に本当に本当にうれしかった。

X君は、数ヶ月前に両親のどちらかが亡くなっていて、

それで新学期を機に引っ越すことになったようです。

ほんの少しだけ可哀想と思ったけれど、

10歳の私にとっては、あの子は悪魔でしたから

喜びのほうが断然、勝りました。

もう目の前に現れない。私は助かった。

あの時の安堵感はたとえようもないものです。

何をしていても、どーんと重く心に落ちていた影が、

光が射した一瞬でぱっと魔法のように消えたのですから。

このままでは人生真っ暗だと思い込んでいた巨大な問題は、

向こうのほうから勝手に去っていきました。

これは幸運としかいいようがありません。

大人の私からすれば、小さな男の子の悪あがきなんだけど、

子供の私には、あらがえない運命みたいに思えてしまいました。

だから、大人がたいしたことないなんて言うのはいけないし、

その人その人の世界で起きていることを尊重しています。

あの子は愛情に飢えていたかわいそうな男の子だと、今は思います。

誰か大人が、言葉や心やその腕で抱きしめてあげていたら、

あんなことをする子にはならなかったと思う。

暴力でしか自分を表現できない子は悲惨です。

その悲惨な子にもっと悲惨にされるいじめられている子には、

どうか勇気をもって、誰かにその思いを伝えてほしいと願います。

私のように、一人で耐える必要はありません。

なぜなら、いじめは犯罪だからです。

物を盗んだらつかまるのと同じで、

いえ、それよりもっともっと、ダメなことなのです。

何者も、誰かを怖がらせたり、痛めつけたりしてはいけません。

あなたの人権はとうといものです。

誰にもあなたを傷つける権利はありません。

昔なら、がんばって学校に行きなさいって言う

大人たちがたくさんいましたが、

いまは、行かなくていいよって

言ってくれる大人のほうが多い時代です。

大人だって、悩んだときは誰かに相談します。

だから学校に行きたくないと思い悩んでいるなら、

親、先生、友だち、近所の人、図書館の人などなど、

誰かに相談してほしいんです。

大丈夫。

この先ずっといまのような状態は続きません。

幼稚園から小学校に上がったように、

小学校から中学校へ、高校へ、

ずっと同じ場所にいることは決してありません。

いまの状況も変わっていきます。

昔から状況が変わらない人なんて世の中にはいないんです。

いじめも終わりが来ます。

どうか、あなたの大切な未来を信じてくださいね。

ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です