佐伯さん、実は私も薬物依存症の当事者だったんですよ

愛媛県、佐伯康人さんの投稿。

以前 自然栽培パーティの チーム関西のリーダー 杉ちゃんと

自然栽培を指導してほしいと

鳥取にある 薬物依存症更生施設に 行った時の話である。

そこの施設長の方が 我々に 言った。

「佐伯さん、実は私も薬物依存症の当事者だったんですよ。」

「えっ 若いのに いつからそうなったの?」

「中学生の時です。高校受験に 勉強がとても集中できるという誘惑に 覚せい剤に手をつけてしまったんです。」

愕然とした。

「でも いまは この通りで いつまた 薬物に手を出してしまうか、、、私はたった15歳 中学受験で 覚せい剤で 人生を地獄へと転落させてしてしまったんです。」

そんな 彼らと 涙をこらえて 笑いながら 砂地の 荒れた 放棄地に 作物の 育て方を 教えたことがある。

この世界で いきいきと 生きていく 知恵は 学問からは 学べない。

ここが 画一 均一 統一された 世界なら

すぐにでも ここから 排除してほしい。

子どもたち一人一人みる世界は もっと広大で もっと繊細で もっと高く もっと深く 思いやりに溢れ 平和的で自由である。

それが自然なのだ。 子どもは自然である。

子どもにとって 親こそが 最良の医師である。

精神医療の世界 クスリが あの手この手で 子どもたちに 侵略している。

ヨミドクターの この記事は ひどい。

ある詩を紹介したい。

「あなたの子どもは」
カーリル・ギブラン
 (藤枝宏壽訳)

あなたの子どもはあなたの子どもではない。
子どもは「生命の渇望」の子どもである。
子どもはあなたを通ってくるのであって
あなたからくるのではない。
子どもはあなたと共にあるが、
子どもはあなたのものではない。
  
あなたは子どもに愛を与えることはできるが
考えを与えることはできない、
子どもは自分の考えをもっているのだから。
あなたは子どもの身体をわが家に宿すことはできるが、
子どもの魂を宿すことはできない、  
子どもの魂は明日の家に住まうのだから、
あなたが訪ねることも、夢見ることさえできない家に。
あなたは子どものようになろうと努めるのはよいが、
子どもがあなたのようになるよう求めてはいけない、
いのちは後戻りするものではなく、
昨日にとどまるものでもないのだから。
  
あなたは弓なのだ、あなたの子どもたちが
生きた矢として放たれる弓なのだ。
弓の引き手は永久の行く手に的をさだめ、
力をこめてあなたという弓をしぼる、
子どもという彼の矢が疾く遠く飛ぶようにと。
あなたは彼の手に撓められることを喜びなされ、
彼は飛びゆく彼の矢を愛するように、
確かな弓をも愛するのだから。

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