献体、亡くなっても、まだ、、。
昨年12月に亡くなった、法政大学大学院
坂本光司ゼミの同級生、服部 義典さんの仏前にお礼の挨拶をした。
人を大切にする経営学会の設立総会に体調が悪くても這ってでも行くと言っていた。
かなり悪かったが参加した。
その件を含め、2回、地元の中日新聞の社説に載った。これも貢献した。
40代の服部さんはじめ50歳半ばまでの経営者を主にした名古屋での坂本光司先生を迎えての勉強会の提案を坂本先生にした。
結果として、今年の4月19日に愛知大学で開催された、人を大切にする経営学会の中部支部の設立フォーラムになり200名が集まり、来年の3月1日に沖縄支部の設立フォーラムで一巡する。
3年9か月前に服部さんと入学した時には考えられなかった。現在は、坂本先生の人を大切にする考えが相当広がっている。
服部さん、去年の11月に岐阜女子大学で講演をした。かなり体調が悪かったが、送り迎えをすると言ったが、自分が運転すると言っていた。1週間前の私の電話で送り迎えをした。死にものぐるいで作ったパワーポイントの資料、重度障がい者の生きる意味とは?がテーマで女子大生にディスカッションをしていただいた。女子大生の今後の生き方が楽しみだ。
伊那食品工業の塚越会長との面談が10名限定であり、塚越会長と会っていないゼミ生が優先された。が、会っている私に坂本先生から服部さんの体調が多少悪くても車で送迎しろの指示があった。
お盆で渋滞を見越しして早く出発して、1時間前についてレストランで過ごそうとしたら塚越会長と会い挨拶をした。終了後、なぜ、坂本先生が会えと言ったか分かったと言った。精神的的に弱い自分に勇気を与えてくれたと涙を流していた。
仏前に挨拶をした時にお父さんから聞いた。
亡くなった自分の身体を研究に使って欲しいとの希望が実現した。新たな発見が2つあったので、さらに研究したい。我が家に帰るのはしばらくかかるとのこと。
服部さんは生まれながら心臓をはじめ臓器が反対の重度の内部障がい者、酸素量が普通の人の40パーセントしかない。登り階段ややや登りの坂も何回か止まって呼吸を整える。
名古屋駅、東京駅でさえエスカレーターがあっても端から端まで歩かなくてはいけない。
三重県四日市市の小崎麻莉絵さんが他人から見たら分からないが体調が悪い時には気づいて欲しいとヘルプマークを広げている。服部さんのような他人から見ると健常者に見える内部障がい者だけで全国で100万人を超える。
色々なことを教えてくれた。新しい農業ビジネスを含め、服部さんのお姉さん等が受け継いでいる。
献体、亡くなっても、まだ、、。
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