株式会社平和園【No23いい会社視察2017/9/12】

今回は先週にひきつづき2013年9月と2017年9月、2度にわたって坂本ゼミ夏季合宿のひとつとして視察させていただいた『株式会社平和園』さんをご紹介致します。今回は2017年9月に2度目のご訪問となり初めてお話を伺った新田隆教社長の講話をもとにしております。


<概要> (会社案内及びホームページより)
代表者 代表取締役 新田隆教(新田良基氏の三男)
創業者 現会長の新田良基氏のお父様が帯広駅近くに焼肉『平和園』を開店
創業 1959年
事業 焼肉レストラン運営、淡水魚洋食販売及び釣り堀経営
店舗 十勝管内6店舗、札幌市内3店舗
売上 約13億3150万円(2016年3月期)
経常利益 約7500万円(2016年3月期)
社員数 約140名
来場数 年間約70万人

新田隆教社長は、“事情があって今回初めて社長として対外的にお話をします”と驚きの告白から始まったことを今も鮮明に覚えています。社長就任は2012年ですから、伺った2017年9月までにはすでに約5年もの歳月が流れていたからです。
“20代後半からある難病に侵されていました。そのため今は視力を失っています”
その難病は徐々に視力が失われるものでした。お会いした時はすでに視力のない状態でした。我々ゼミ生は皆静まり返り、新田社長のお話に神経を集中させ、耳を傾けました。

新田社長はご訪問時50才。新田良基会長の三男です。
会社を継ぐつもりはまったくなかった新田社長。大学卒業後は銀行に就職しました。
なぜなら長男が飲食大手で修行しており長男が継ぐことは既定だと考えていたからです。
しかし、思わぬ不幸が訪れます。
会社を継ぐ予定だった長男は不慮の事故にあい、働くことすらできなくなります。
・兄が元気な時、2度ほど兄に平和園で一緒にやろうと誘われていた記憶
・兄が隆教氏の銀行就職を“将来の管理役員”だと喜んでいたこと
そんな思いが、日々視力を失っていく苛酷な生活であるにもかかわらず、心優しい隆教氏に社長就任を決断させたのではないでしょうか。

企業は厳しい時こそその本質があらわになるのではないかと思います。
2001年BSE問題の時、おそらく日本中の焼肉屋さんは大きく売上を低迷させている中、平和園のある店舗だけは売上が落ちず逆に20%アップしました。なぜならそのお店は帯広の畜産地帯にある店舗であり、平和園さんと取引をする畜産を営む皆さんが大勢お店に足を運んだからです。
“こんなに厳しい時だからこそ平和園を応援しよう”畜産農家の思いが行動になりました。
しかも4ヶ月間売上が増加しました。平和園が地域や畜産農家を大切にしてきたひとつひとつの積み重ねがあったからこその思わぬ出来事でした。

2013年に新田良基会長がマイクをお腹のあたりにもって淡々とお話された姿は今も記憶にあります。そして今回新田隆教社長のお話は、人として経営者として孤独感や不安感、責任感と戦っている姿に見えました。視察においてあのような空気を感じたことは初めてでした。社長を任せたときの会長の思いは想像もできません。
新田社長に視察でお会いする前に、新田会長への思いが強かったことから『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』に同社の推薦をお誘いした際、こちらとしてもいい会社様は辞退されることが多いという思いを胸に粘り強くお電話でお誘いしましたが、言いにくそうに、苦しそうに断り続けた社長のお話を鮮明に思い出しました。具体的な言葉はこの場に書くことはできませんが、社長でしか感じえない大きなものを背負っていたのだと今では感じています。
このような視察経験は初めてでしたので、同社への思いは人一倍強いものになりました。

***補足***
この投稿では2012/4~2018/3までの6年間法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室で経験した【いい会社視察】・【プロジェクト】・【授業で学んだこと】を中心に、毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(桝谷光洋)

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