株式会社アイワード【No24いい会社視察2017/9/11】

今回は2017年9月に坂本ゼミ夏季合宿先としてご訪問した北海道にある『株式会社アイワード』さんをご紹介致します。奥山社長から丁寧なお話を聞かせていただきました。


概要
創業 1965年
代表者 代表取締役会長 木野口 功
     代表取締役社長 奥山 敏康
従業員数 役員8名、正社員207名、契約社員23名、嘱託8名(2017年4月時点)
主な事業 ブック印刷事業、褪色写真復元事業、年賀状事業、情報処理・システム開発事業
売上 約42億円
障がい者雇用 17名
受賞歴 1987年 障がい者雇用において「北海道社会貢献賞受賞」
     2009年 元気なモノ作り中小企業300社に選定される

●第二創業の歴史
同社の前身の創業は1965年ですが転機は1973年に訪れます。その頃の会社は倒産も時間の問題と言える状況でした。社長は名ばかりであったこと、実際には専務が経営をしていたこと、20名いた社員の半数は辞めたいという状態でした。そのような状況において、役場に勤めていた当時33歳の木野口氏が社長として再建を託され、1974年に同社は第二創業として再出発となります。
ちなみに前経営者は社員へのボーナス支給の約束を果たさず、結果的にアルコール中毒になってしまったといいます。
再建においては給与・売上を2倍にするという目標を社長・社員で共有し初年度に達成します。

●同社には人事評価制度がありません。
従業員の区分は役員・部長・社員の3種類のみです。
給与に男女差もなく、さらに障がい者も同じ給与です。(営業職はノルマなありませんが売上に応じて歩合給あり)
従業員の自主性を優先し能力のある人は率先して仕事をする風土を尊重しています。

●印刷会社の救済
1994年、当時北海道では大手だった印刷会社が倒産危機になり救済を決断。同社とは全く取引関係はなかったにもかかわらず、北海道の印刷業の連鎖倒産を守るための決断でした。累損は当初7億円見込みだったと言いますが粉飾がみつかり13億円以上になります。それでも従業員をアイワードに移管させ雇用と北海道を守ります。

●石狩工場に最新の印刷システムを国内初導入(2016年)
従来機の印刷機4台を撤去しAIを搭載したドイツ;ハイデルベルグ社製の最新鋭機1台(数億円)を中心に設備投資。投資額は8億2千万円(うち3億5千万円は経済産業省の「エネルギー使用合理化等事業者支援補助金」に採択されます)。工場のLED化等で20%のエネルギー削減を実現。温度湿度が自動管理され、断裁した用紙の切れ端は工場内に張り巡らせたダクトで吸い取りごみゼロを実現しています。
工場には柱もなく将来を見据えてレイアウト変更が自在な設計となっていました。
また新機種導入によって繁忙期の残業削減にも大きく貢献しています。

●エピソード
従来の印刷機を4台撤去したということは、今までその機械を操作していたオペレーターの仕事がなくなることを意味します。その時、今後の方針を社員が話し合った結果、若い社員に新機種を任せるということになり、年配者が(本来だれでもやりたくないであろう)検品等の仕事に回ったそうです。

●褪色カラー写真復元サービス(オンリーワン技術)
学術的な写真資産や絵画などの歴史資産を高度に復元する技術です。産学連携による共同研究によって進めてきました。この技術はNHK番組『超絶 凄ワザ!』(2017年1月7日)で紹介されたほどです。番組では、ある個人が色あせてほぼ真っ白になってしまった1枚の写真を同社の技術でカラー復元したものです。過去の思い出に寄り添うこの技術はニッチではありますが人に感動をもたらすオンリーワン技術と言えます。

アイワードの歴史は、経営者の責任放棄というどん底の状況から木野口功氏によって再建がなされ、さらに何社もの印刷会社の救済を乗り越えた経験が蓄積されています。そしてこの歴史を作り上げた全従業員の思いが詰まった風土は“平等・公平”となって同社に根付いていると感じました。視察に伺った50周年を迎えたあとの時期に、奥山社長が、“まだかけだし”とお話されていたことが、“社長は駅伝ランナー”と例えられることを思い出し、とても印象に残りました。

***補足***
この投稿では2012/4~2018/3までの6年間法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室で経験した【いい会社視察】・【プロジェクト】・【授業で学んだこと】を中心に、毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(桝谷光洋)

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