ターニングポイント

人を大切にする経営学会の坂本光司会長が非難されても貫いてきた経営の目的は、「関連する全ての人々が幸せになること」。それを9月15日の「人を大切にする経営学会」の全国大会で会場の慶應義塾大学日吉キャンパスで同大学院の前野隆司教授が証明をした。

前野隆司教授の9月15日の資料、全49枚です。
https://www.dropbox.com/s/kesg3cv8v6iaet9/maeno.pdf?dl=0

前野教授の昨年の11月の講義です。47分余りで、西精工の月曜日に出社したくてたまらないワクワク度は現在は90.9%になっています。
https://youtu.be/SYCLJ8ZSYqQ

最近、訪問させていただいた滋賀県湖南市の「シンコーメタリコン」さんと福井市の「清川メッキ」さんでは(新卒)採用用のパンフレット(リーフレット)を作成していた。

採用なので、「福利厚生を主に制度」を掲載することは必須だが。
70歳までは現役、働けるまで勤務する時代になるので、幸せ&楽しく働けるための提案制度を設けると良いと思う。一人一人、雇用契約が異なることも想定される。

さらに大切なのは制度より「風土」を創る、経営理念、クレド等がどうして生まれたかの歴史をパンフレットに入れたい。

11日に人を大切にする経営学会、中部支部の企業見学会で静岡県掛川市の「たこ満」さんでは女性の店長さんに説明をしていただいた。
カンブリア宮殿にも紹介されたので、参加者から「どの店でも素晴らしいおもてなしができるのはどうしてか」と質問があった。
平松社長夫人が(カンブリア宮殿でも紹介されたが)「創業時は社員の退職が多く、日報(上司や社長が見てコメントを書く)やありがとうカード等を作り毎日努力して10年はかかった」旨の説明をした。

創業時の想い、一所懸命やっても閑古鳥が鳴く、倒産の危機があった、社員が退職した、大口の得意先がなくなった、、、。
質問をすると、トップからは「説明すると半日、一日かかるので説明はできない」と言われるものだ。

ターニングポイント、あの苦しいことは二度と繰り返したくないことと言っても良い。
「清川メッキ」さんだと2000年に売上の3割を占める得意先が内製化(自社でやってしまう)して売上が苦しかったこと、「シンコーメタリコン」さんだったら2008年のリーマンショックで募集しても人が来なかったことがターニングポイントになると思う。
両社とも歴史が長い会社なので創業の想いを含めていくつかのターニングポイントをパンフレットに入れると良いと思う。
DVDにしてまとめて渡すのも良いだろう。

ターニングポイントは人を大切にする経営学会会長の坂本光司先生が2年毎に出版する「日本でいちばん大切にしたい会社」には必ず紹介しているし「カンブリア宮殿」でも必ず登場する。

会社説明会でターニングポイントを創業者(経営トップ)、幹部、社員、誰が説明するか説明しないかで定着率にも差が出ると思う。

夕べ、創業地の愛知県内のあみやき亭だけで開催している10月1日から26日までの平日の15品の半額イベントに妻と行った。17時過ぎに行ったが行列ができていた。私には珍しく20分も行列に並んだ。

満席なので、最初に席に来た店員さんは春日井市の本部から助っ人で来たエリアマネジャーの青木陽介さんだった。かなり前に佐藤啓介会長の息子さんが店長で働いていた時期があったが同じ輝きがあったので、青木さんに聞いて分かった。

帰る前に青木さんを呼んでいただいた。「カンブリア宮殿で、佐藤会長が経営が苦しくてグループの店舗にして賑わっているグループチェーンを含めて新規オープンする場合は10年以上前から地域の恵まれない子供達を招待している場面は感動しました。障がい者雇用をされていますか?」と質問をした。「障がい者雇用?」すぐ回答できる場合はほとんどない。

青木マネジャーが即座に「内は上場していますので雇用しています(法令を遵守しています)」と回答があった。
「日本でいちばん大切にしたい会社大賞に他薦させていただきます」と話して帰宅して店に戻り私の名刺を2枚渡した。1枚は佐藤会長に渡す分だ。

帰宅して昨年8月31日に放映されたカンブリア宮殿を見た。
(佐藤会長の)主なターニングポイントは次の通りだ。

1950年新潟県南魚沼市に生まれ、8歳の時にお父さんが脳卒中で倒れ寝たきりになり一気に貧乏になった。
中学2年から高校生と偽り土木工事のアルバイトをした。19歳で兄が経営していた愛知県の食肉販売会社へ忙しいから手伝ってくれで就職した。牛肉の美味しさを知った。包丁の技術を覚えた。

全国の牛の生産農家を回った。自分の家族と同じように育てる国産牛が美味しいのは農家の努力で日本の財産とした。仕入先(パートナーの)農家も幸せにしようと思った原点が培われたようだ。

45歳の時に大きなターニングポイントがあった。地域に急拡大した大手焼肉チェーン店は全て海外産の肉だった。
こんな値段でこんなに儲かるのならと俺がやったらもっといい肉を使って、もっとお値打ちにできると会社をやめて1995年にあみやき亭の1号店をオープンした。

国産牛4割だったが閑古鳥が鳴いた。名刺を持って一軒一軒回り続けたが閑古鳥は鳴き続けた。チラシ配りを一軒一軒したりできることは全部した。半年後になんとか経営は軌道に乗った。
が、2003年にBSE騒動が起こりアメリカ産は輸入停止し多くの大手焼肉チェーンはオーストラリア産に切り替えた。
佐藤は安心安全な国産牛を伝えるチャンスと捉えて国産に切り替えた。退路を絶ち、いろいろな工夫をして採算を合わせた。

本社内の大きなセントラルキッチンには深夜12時からありとあらゆる肉を無駄にしないよう美味しい肉にする丁寧に包丁さばきをしている100人を超える職人さんたちをカンブリア宮殿で紹介されたが青木マネジャーも自信を持って説明をした。佐藤会長は毎朝5時に出社をして見守っている。

佐藤会長、迷った時は楽な道よりつらい道を選ぶ。人に優しい会社の共通点だ。

ターニングポイント、創業記念日等で年に数回は振り返りたい。迷った時も原点に戻りたい。

あみやき亭の店舗の受付・レジ上に掲載している。

経営理念
「社員一人一人の人間的成長。
お客様一人一人に喜んでいただく社会貢献」。

「人を大切にする経営学会」
中部支部
知野 進一郎

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