新年に想う「時代の流れ」

 平成31年、新年明けましておめでとうございます。
平成で迎える最後の新年だと思うと、あらためて、この平成の30年間いったい自分自身はどう生きてきたのかと年末年始を過ごしている。
 30年前といえば、父の会社に入社して2年目が過ぎ、ちょうど30歳になっていた。父の会社の古い体質を改革し、自らが描く将来のあるべき会社を目指し、夢に向かってがむしゃらに仕事をしていた。
 その時の夢はかなったのかと聞かれれば「叶った」と答える。父から受け継いだ会社は、30年間で事業の内容は時代の流れによって少しずつ変わっていき、社員をリストラする事なく、何とか今でも安定した経営ができているからである。当時の仲間だった経営者の中には倒産や廃業をしていった方もいる中で、今こうして事業を続けられている事を幸せだと思うべきだろう。父から引き継いだ当時のベテラン社員たちも30年、40年と勤めあげ引退をし、代わって新しい社員たちも入社し自然な世代交代をしてきた。
 「人を大切にする経営」を勉強して10年、今こうして会社があるのは、過去に汗を流した社員たちのおかげだと思えるようになった。
 私が生まれたのは1万円札が発行され、東京タワーが竣工された昭和33年。高度経済成長の始まり頃の年であったと聞く。新しい元号となる新年に、私も、既に昭和、平成を生きてきたのだと思えばかなり昔の人という気がする。新元号になれば、2つ前の“昭和生まれ”となる。自分の考えは古くないという思い込みこそ戒めなければならない。昭和の時代の環境に育ち、教育を受けてきたのだから、今の環境や教育を受けて育った人とは違うはずだ。
私が40代の頃に、経営を教えてくれた昭和30年頃に起業した社長は次のように言っていた。「当時は、寝ないで働けばどんな事業をやっても儲かったし事業は拡大していった」と。猛烈に働くというのが昭和の経営者だったような気がする。私はそうした経営者たちから経営を学んだ。
 中小企業の社長と言えば、高級車に乗っていい生活をするというのが当たり前だったし、社員からは社長は偉い存在とされていた。町の寿司屋のカウンターは、中小企業の社長さんばかりで、社長、社長と言っていれば名前すら知らなくても皆社長だった。そんな中で、小さな会社の社長の次男として育てられた私も取引先や社員たちからは「ちやほや」されていた。そうした昭和の時代で私は育った。
 平成の時代の30年間は、私が経営実務に携わった時代とほぼ一致する。Windowsの登場、バブル経済とその崩壊、携帯電話、スマートフォン、ネット販売、電気自動車など、平成の時代にも大きく生活様式は変化した。会社の社員の多くはバブル経済を経験していないから、働く人の考え方も変わってきたのではないだろうか。
 昨年、トヨタ自動車は、経営判断のスピードを高めるためとして、本年の1月1日から55人いた取締役を半分以下の23人にするという。また、昨年は、大手企業の会長や社長の適正報酬というもニュースになった。企業における取締役会や役員報酬というのは聖域だと思っていた。こういう事が時代の変化なのかもしれない。
 昨年も多くの「人を大切にする経営を貫いている会社」を訪問する機会に恵まれた。それらの会社に共通する事は、時代の変化を見逃さず、現状にとどまらず、常にチャレンジしている事だった。4月から「計画的有給休暇の付与」という法律も施行される。労働集約型の当社にとっては頭の痛いところである。また、5月には新元号がスタートし大きな変化がおこる年になる事だろう。時代を先取りする事を怠らず本年をスタートしたい。
 最後に、ダーウィンの名言に「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びる訳でもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」とある。
石川 勝

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