新聞の読み方

坂本ゼミにいて坂本先生のお話を聞く中、新聞について坂本先生が面白いことを仰っていました。
本田は新聞を読んで、「あ~、そうなのか。ふーん、そうなんだ」と、新聞から情報を得て学んでいる。つまり、情報を後追いしているわけですが、坂本先生は、「自分が先に知っていることを、新聞が後追いしているな、と思うことが多い」と仰っていました。かっこいいですね。私も憧れて、がんばって読んでいますが、そんな境地ははるか遠いです。せめて、今年の自分は去年の自分よりは新聞に書いてあることについて理解度が高まったと悦に入っているレベルです。

坂本先生がゼミ生に語ったことで、他に印象に残っていることは、知覧の特攻隊の方々のことです。大切な家族と若くして縁を立たざる終えなかった方々の無念な想い、幾多の命の犠牲の上に今日の私たちがあることを忘れずに、1年に1度は知覧に行って、汚れたあなたたちの心を洗ってきなさい、と仰っていました。

鹿児島にゼミ合宿に行ったときには、知覧市にある「知覧特攻平和会館」をコースに組み入れておられました。17歳から22歳くらいの若者が、極限状態の中で、家族を思いやる気落ちの美しさ、そして、大切な家族との愛情を諦め失わざるを得なかった無念さがどんなに切ないものかを、遺品となった手紙からうかがい知ることができます。

「強く生きたいと願う君へ」のご本の最後にも、知覧平和会館について触れておられます。極限状態の中では、「利益」や「お金」、「勝ち負け」や「損得」といった物差しは消え失せます。私たちが、家族への愛情こそ、人生でいちばん大切なものだと本当は知っているからこそ、特攻隊員の手紙に綴られた純粋な気持ちに感動するのだと説いています。

平時は、つい、家族の有難みを忘れて、うざったかったり、軽んじて思ったりもするかもしれません。心に詰まったチリやごみが極限状態で取り除かれれば、心には家族への愛や感謝がいっぱい詰まっているに違いありません。心に蓋をして家族への愛情を感じないふりをしているだけなのかもしれません。

新聞には、絵画や音楽など芸術欄があります。芸術の力が起こす感動によって、私たちの心の蓋が取り外されて、心に本来ある純粋な利他の心を取り戻すことができます。坂本先生は、この「利他の心」こそが、私たちに「本物の強さ」を与えてくれるのだ、と言います。深いですね。

秋には、食欲の秋、シックな装いを楽しむ秋、そして、芸術の秋です。心を揺さぶる感動に触れて、心の蓋を取り去って、家族への愛を、利他の心を呼び起こしてみようと思います。

(人を大切にする経営学会 東北支部 本田佳世子)

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