何のためのルール?バランス感覚をもって判断する

我が家の息子(小5)はテニスを習っています。テニスコートは自宅から自転車で10分の距離なのですが、野外のテニスコートで猛暑が続いているので、またコロナ禍で自宅で過ごす時間が多く体力が落ちていることもあり、最近は車で送り迎えをしています。

先日、久しぶりに息子の上達ぶりを見たいと思い、練習終了までテニスコートで過ごしました。日陰に居てもとにかく暑い日でした。子どもたちはこの炎天下でテニスをして走り回っていて、私は見ているだけなのだからと暑さにじっと耐えていましたが、あまりの暑さにかなり辛くなってきました。気がつくとコート脇にある休憩スペースとなっている小屋には誰もいなく、中はクーラーが効いていて、かなり涼しいのです。誰もいないのと、我慢し過ぎで体調不良になってはいけないと思い、途中からはちょっと遠巻きにはなるものの、この中から息子の練習を見ていました。

帰り道に「あそこのスペース、使ったらいけないって言われてるんだよ。」と息子から言われました。以前は、保護者だけでなく、暑さが激しい日には子どもたちも練習の合間にこのスペースを使っていました。どうしてかと聞くと、どうやら狭い小屋なのでコロナ予防対策として密にならないように使用禁止と言われているようです。それを知って保護者の方も休憩スペースを使うのを控えていたのかもしれません。あの猛暑で休憩スペースに誰もいなかったのは、そういうことだったのかと思いました。

我慢しすぎて具合が悪くなる前に、誰もいなかったので使用したことを説明しましたが、息子は釈然としていません。私は知らずにそのスペースを独占して涼んでいましたが、ずっと外にいた保護者の方からは「使用禁止のルールを破っている人」として見られていたのかもしれないと思うと、とても居心地の悪さを感じました。

息子には、ルールは基本的には守らなくてはいけないこと、とはいえ、そもそもそのルールは何のためにあるのかを考えて、状況によってはそのルールを破る行動をとってもよいという話しをしました。つまりこの場合は、暑さで具合が悪くなってしまうリスクの方が、休憩スペースが密になってコロナウィルスに感染するリスクよりもずっと高い(そもそも休憩スペースには誰もいなかった。クーラーがついて鍵がかかっていなかったということは、必要に応じて使ってもよいということ)と話しました。

8月11日の共同通信のネットニュースに“マスクは「皆が着けているから」日本人、「感染防止」関係なし”とのトピックが出ていました。日本人がマスクを着けている理由の“断トツは「人が着けているから」。「他人の感染防止」はほぼ関係なかった。”と書かれています。この記事自体は、根拠となるアンケート調査の詳細が示されておらず、“断トツ”とは具体的にどの程度なのかの数値も示されていないので、とてもそのまま信用できる内容ではありません。

しかしながらこの記事を見て、私自身、猛暑の中で毎日息苦しさを感じながらもマスクをつけて外出しているのは、他者への感染防止はもちろん大きな理由ですが、周囲からマスクを着けない非常識な人として攻撃を受けることへの恐怖心の方が勝っているなと自覚しました。

自分が受けてきた学校教育とこれまでの社会人生活でのコミュニケーションを振り返って、協調性は大切ですが正否を考えずに同調してはいけないし、空気を読んで忖度しすぎて自分のユニークなアイデアを言えないようではいい社会とは言えないと思います。何事も、バランス感覚を持って判断することが大切と感じます。

前回、植松電機についての紹介(「思うは招く」~植松電機社長の座右の銘~ https://blog-htk-gakkai.matrix.jp/2020/08/05/)で、これからの時代に求められるのは、誰もやったことがないことに挑戦する人であるとの植松氏の言葉を紹介しました。次世代を担う子ども達がそのような人財へと育つためにも、自分を含めて今の大人たちが自分の軸をしっかり持たなければいけないと感じます。

●マスクは「皆が着けているから」 日本人、「感染防止」関係なし 2020/8/11 08:48 (JST)©一般社団法人共同通信社 https://this.kiji.is/665682383496152161

人を大切にする経営学会人財塾生 松久 知美

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