No185記憶に残る書籍『障害者の夢に夢を重ねて 竹ノ内睦子 藍工房を主宰して30年』著者;天野寛子

今回は東京都世田谷区で社会福祉法人藍を立ち上げた竹ノ内睦子の半生を綴った書籍をご紹介させていただきます。

著者の天野寛子さんは1968年昭和女子大学短期大学部講師、以後、助教授、教授、昭和女子大学大学院教授を経て2009年退職。

1985年ごろに大学祭に染色をとりあげ、藍工房の「藍染め」を見学し「資金不足」を聞き、寄付等を通じ竹ノ内睦子氏と繋がりをもったのが最初とのことです。

この本は2012年3月に発行されています。

●社会福祉法人藍の概要 http://www.aikobo.or.jp/

設立      1983年(藍工房として設立)

所在地   東京都世田谷区若林

創業者 竹ノ内 睦子(初代理事長)(現在の理事長は大野 圭介氏)

*2003年10月に社会福祉法人を取得し現在は社会福祉法人藍となる

事業内容

・ファクトリー藍(藍染めを中心とした工房;就労継続支援B型)

・アンシェーヌ藍(フレンチレストラン;就労継続支援B型)

・ガーデン藍(グループホーム)

竹ノ内睦子さんは1941年9人兄弟の末っ子として鹿児島で生まれました。

校長であった父は満州へ出張中に交通事故にあってしまい看病のために満州へ渡った母のあと、当時20才の長姉に育てられました。

中学生になった頃、長姉のところから何の相談もなく京都の兄宅に引き取られることになります。思春期の竹ノ内さんは“捨てられた”と感じたそうです。京都にはすぐ上の知的障がいをもつ兄も暮らしていて、初めて会いました。

“障がいのある兄の存在を隠し、お嬢様としてふるまい生活している自分”に納得できず、“環境に甘えずに自分を鍛えなければならない”という考えから、高校1年の時に自ら退学。

寄宿施設のある高校に入り直します。しばらくしたら突然、京都の兄のところにいたはずの知的障がいのある兄が高校まで来てしまいます。高校に通いながら兄の生活を支援し、その後には仕事や結婚、住居も世話をして、その人生を支え続けました。

竹ノ内さんは1964年に結婚した時、義父宅には血縁のない障がい者1名がいて、新婚でありながら他人がいる共同生活を経験されています。

3人目のお子さんを妊娠中に、自身の脚に癌がみつかり絶望の中、何度かの手術を経て回復。

1980年には世田谷区の婦人大学に主婦として学ぶ学生となり、勉強会で知り合った障がいを持つ女性が、“仕事がしたい”と言ったことに衝撃を受けています。

その後、1983年に藍工房設立に繋がっていきます。

この書籍には、創業者;竹ノ内 睦子の人生が詰まっています。藍工房の歩み、ボランティアの支え、竹ノ内さんの生い立ちを中心に書かれ、巻末には年表などの付属資料も記載されています。

是非一人でも多くの方にこの『障害者の夢に夢を重ねて 竹ノ内睦子 藍工房を主宰して30年』をお読みいただきたいです。

***補足***

この投稿では「法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室」や「人を大切にする経営学会」での経験をもとに毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(人を大切にする経営学会会員;桝谷光洋)

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