No200 2冊の自伝より 小松製菓(岩手県)+小ざさ(東京都)

今回は2冊の書籍から、人生の一歩一歩のあゆみが、いつの日か誰もがたどり着けないほど、そしてお金では生み出せない価値をもっている、そんな企業のご紹介です。

・壮絶な人生を歩まれた南部せんべいで有名な小松製菓 創業者;小松シキさん

・1坪という狭小店舗、しかも2種類の商品しか扱っていないにもかかわらず行列の絶えない小ざさ2代目の社長;稲垣篤子さん

●株式会社小松製菓(岩手県)https://www.iwateya.co.jp/

書籍『むすんでひらいて』著者;小松シキ

南部せんべいで有名な株式会社小松製菓;創業者の小松シキさん(大正7年生まれ平成14年84歳にて没)

・幼少の時からほとんど子供らしく育つことができずに苦労や理不尽な思いの連続

・わずか11歳で奉公にでていること

・14歳の時には2か所目の奉公先を飛び出し商人になることを決意

・母や姉と共に辛い経験の連続

・やっと心が癒えたころにさらに大きな不幸が待っている

戦争前の時代とは言え、想像を絶する人生です。そんな中でもこんな言葉が心を打ちました。

“シキちゃん、あんたのする仕事は、他の子と、どこか違う。いつか、あんたは何かする人だよ”

“小松さん、いい機会ではありませんか。思い切ってやって御覧なさい。あなたなら、どれだけ借金しようと、必ず返せる人だ。私が保証人になりましょう”

●株式会社小ざさ(東京) https://www.ozasa.co.jp/

書籍『1坪の奇跡』著者;稲垣篤子

稲垣社長の生まれは1932年です。小ざさの創業は1902年生まれのお父様;伊神照男さんが小ざさの前身となるナルミ屋を1931年(昭和6年)吉祥寺に設立したことから始まります。戦争前に満州に渡ったお父様が終戦後2年してから帰国、その間吉祥寺のお店をたたんで疎開、戦争によって激動の時期を挟みながらも1951年(昭和26年)現在の場所に小ざさが誕生します。

本書では、父;照男さんがたどり着いた究極の羊羹ともいえる味へのこだわりや、職人として娘;篤子さんに受け継いでいく姿に圧倒されるばかりです。父娘の親子関係と職人としての関係、誰にもまねできないほどに極めた羊羹の味を守り続ける姿が目の当たりにでき、どんどん引き込まれていく内容となっています。

また仕入先を共同体と考え、当然のことながら安い仕入先に変えるようなことはあり得ません。更に30年以上も前から障がい者雇用を始めていますし、お給料は一般社員と同じです。数年前の実績では、約30名の社員中3名が障がい者でした。

●最後に

人としての生き方が、個人商店から企業経営になって、いつのまにか稀有な存在になっています。どんな生き方をするのか、人それぞれですが、一度は読んでいただきたい本です。

***補足***

この投稿では「法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室」や「人を大切にする経営学会」での経験をもとに毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(人を大切にする経営学会会員;桝谷光洋)

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