「涙があふれるビジネス書」 

「涙があふれるビジネス書」。そう呼ばれている。

 書店ではビジネス書の一角、経営関連の書棚に並べられることが多い。しかし、経営者や会社員ばかりか就活生、主婦ら幅広い読者層が手に取り、全国で奮闘する「いい会社」の感動的エピソードに心を震わせているからだ。

 著者の願いは「いい会社」のモノサシ(尺度)を変えることだという。世の中の一般的な評価は「業績が良い」「成長している」「画期的な新製品を開発した」など主に業績が価値基準になっている。

 だが、大学院の教授時代を含め、五十年間に全国の八千社以上の企業に実際に足を運び、調査を重ねると、はっきりと見えてくるものがあった。「社員を本当に大切にする企業は、景気が悪化しても安定的に業績が良い」という黄金律だ。

 大切にされている社員はやる気に満ち、チームワークが良く、他者への思いやりも強い。米国の大学が「社員の幸福度が高いと生産性が上がる」という研究結果を発表したが、まさにその通りだった。

 「いい会社とは、会社に関わるすべての人−社員とその家族、取引先、顧客、地域住民、株主の幸せを追求している。業績はそのための『手段』でしかない。業績を『目的』とする間違った経営は不幸を生む」

 本書の基になったのは東京新聞・中日新聞の連載「この道」(二〇二二年七〜十月)。まるで映画を見ているかのような人間ドラマが描かれる。エリート人事課長が、リストラ対象者の名簿づくりを命じられ、苦悶(くもん)の末に自分の名前だけを名簿に記して会社を去る話。全ての内臓が左右逆にある重度障がいがありながら、障がい者の働く場をつくるために命懸けでIT企業を興し、四十代半ばで逝った教え子の話…。

 そうかと思えば、ささいなようで示唆に富んだ経営者の言葉が登場する。会社の駐車場で社屋に一番近い“一等地”の区画をパート勤務者用に指定している中小企業。経営者いわく「パートさんは分単位で働きに来ていただいている。ウチの仕事が終われば一秒でも早く帰ることができるようにするのは当然です」。

 弱者に寄り添う一方、誰かを犠牲にする間違った経営を厳しく戒める物語は読者に「あなたならどうするか」「どういう生き方を選ぶか」という命題を突きつける。
 会長を務める「人を大切にする経営学会」は、いい会社を広めるため「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞を毎年開く。

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