昭和から学ぶ
NHK朝ドラに触発されて昭和初期の法学者の見解を紐解いてみようと思い至り、民法・労働法の大家であった末弘源太郎先生(1888年~1951)の「嘘の効用」(冨山房百科文庫)を読み始めました。
その中に1935(昭和10年1月)に執筆された「岐路に立つ我が労働法」という記事があります。
戦前である昭和初期、日本は必死に欧米の資本主義経済に追いつこうとしていました。もはや封建的より資本主義的であることが求められ、封建的な要素は排除すべきとする価値観が盛んだったそうです。
封建的というと保守的と相通じ、地主と小作農のような権力による搾取形態を思いおこさせますが、末弘先生は中小企業の経営は、半封建的労働関係だとし、「封建的」という言葉に一定の評価をしていました。
資本主義的労働関係は、「一時的商品的売買的関係」であり、半封建的労働関係は、「永続的人格的関係」であると言っています。つまり末弘先生は半封建的労働関係の中に、いわゆる「家族的経営」がその中核にあるとみており、それは「永続的」かつ「人格的」な関係であったと評しているのです。
そして前出の「岐路に建つ我が労働法」の文中の「封建的労働関係」を「家族的労働関係」と読み替えてみると次のようなことが書かれています。
「家族的労働関係」は、資本主義的に見れば、すべて不合理である。しかしながら、専ら自由をこいねがって安全を棄てた近代的労働者が、その折角得た自由によって、実質的にその生活の最小限度を保障し得ることができないのを発見するとき、専ら資本主義的労働法の線に沿うて、従来と同じ調子で労働関係の一般的安全を計ろうとするのは間違っている。
これからの労働法は、この日本の中小企業その他一般企業の中に根強く残存している「家族的労働関係」を積極的に利用しつつ、それによって生ずる弊害を阻止するよう法制されることが必要である。
資本主義の終焉が当然のように主張されている今、そして資本主義内で貧富の差、分断が生じている今、このことばは意味を有してくると思います。
家族的経営のような日本古来のよい在り方を見直し、現代に新たな形で生き返られることが求められているのだと思います。
(学会 法務部会 常任理事 弁護士山田勝彦)
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