人間の感覚を大切にする
今、「文明を問い直すー一市民の立場よりー」(梅津濟美著 エイチエス株式会社)という本を読んでいます。1979年に発刊された同著の復刻版だそうです。名古屋大学の教養部で梅津先生の授業を受けた北村栄弁護士が尽力して復刻に至ったそうです。
北村弁護士の「復刻版の発刊に寄せて」に梅津先生との出会いのエピソードが載っています。最初の授業で梅津先生は、新入生に向かって次のように問いかけたそうです。
「大学に受かったからといって物事が分かった気になるな!」
「地球は動いているかどうか。地球は丸いかどうか。君らはどう思うか!」
それに対して、学生は答えます。
「地球は、自転、公転しているし、球形です。」
梅津先生は続けます。
「本当にそうか!地球は動いてなんぞいないし、丸くもなく平らだ!」
梅津先生は、英文学の専門家だそうです。このような発言をするからといって天動説に立っているわけではありません。科学、特に知識に対して、警笛を鳴らしているのだと思います。
このような発言の理由が本文を読んでいくと分かります。
「人間の物差しに自信をなくさせたものの一つに自然科学がある。・・・自然科学の物差しが実に大きい。地球は赤道上の点でいって毎秒四百六十メートルの速さで自転し、地球の中心でいって毎秒三十キロメートルの速さで公転しているのだ、それのみが真理なのだという。こういう巨大な物差しに簡単に屈服することは人間の自己喪失にならないか。」
「人間の物差しは、地球の自転のエネルギーに対して五兆分の一という、そんなにも小さい力を「大」地震と呼ぶ程度のものだ。それほど小さいもの、地球の自転のエネルギーの五兆分の一という力からさえ逃げるしかないもの、それが人間だからだ。」
つまり人間にとって必要なのは、公転や自転ではなく、地震に対してどうするかということではないか、というのです。
確かに、人間の感覚からすれば、地球は動いていないし、動くときは地震のときであるし、地球は丸く見えないものです。
このお話からは、「分かった気になるな!」という恫喝の声が聞こえてきます。
最近は、SNSの過度な情報に市民が翻弄され、右往左往しています。その情報が正しいか、誰に対してどのような影響を与えるか等を考えることなく、ある意味他人事として情報に晒され、そして人を傷つけたり、自分が傷ついたりします。
知識や情報も大切ですが、もっと肌身の感覚、自分の五感を大切にすることも今の時代に必要なことだと思います。
(学会 法務部会 常任理事 弁護士 山田勝彦)
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