ここは日本のブータン

米子鬼太郎空港からバスで30数分、鳥取県境を超え、神在月の島根県はずれの七類港に到着。ここからフェリーで3時間かけて、さらに北の果てに向かい、ようやく目的地、隠岐の島諸島の一つである中ノ島の海士町に着きました。

海士町を注目に値する地域に活性化させた大立役者は山内道雄町長その人でした。

海士町は日本でいちばん給料が安い公務員が働く自治体と妙な形容で紹介されていました。

しかし、働く公務員のモチベーションの高さは日本の自治体でトップクラスになっているといえるでしょう。海士町の住民の行政満足度は80%という驚異的なレベルとなっていることがそのことの裏付けといえます。

自治体の職員のモチベーションが高くなければ、顧客たる住民の満足度が高まる訳がないからです。

財政破たん寸前の貧困の町を救った成長戦略は、「現場第一主義」でした。
公共事業依存から脱却するために島に産業を起し、島の商品を売り、島に人を増やすことを目指していきます。

そして町の活性化には、よそ者、若者こそが必要と都会からⅠターン、Uターン誘致政策に力を入れていきました。

その結果、現時点では188世帯310人のⅠターン者が定住、またUターンも173名が実現という成果をみるに至っております。彼らが町の資源を活用した新しいビジネスを続々と立ち上げ、それが自立への道を加速をさせていました。

海士町といえば〇〇というキャッチフレーズが全国に響くヒット商品を一つずつ積み重ね、個別の商品を売るだけにとどまらず、島を丸ごとブランド化するという戦略を打ち立て、これまでに『さざえカレー』『岩カキ・春香』『島生まれ、島育ち 隠岐牛』『海人乃塩』などといったブランドが地元の業者とⅠターン、Uターン事業者とのコラボレーションで実現がされていきました。

そしてここからが圧巻なのですが、現在、進行中のブランドは「教育」なのです。『子育て島』『人づくりの島』という教育のブランド化を図ろうとしていることでした。

島を一つの大学に見立てた『海人大学』構想で持続可能な島経営の実践を行おうとしているのです。視察に行った先々で「人間力」という言葉がポンポンと飛び出していました。それほどまでにすでに島民にはこの理念が浸透していました。

真の豊かさは経済的裕福によってもたらされるのではなく、心が満たされた人々が生き生きと暮らすなかに自らもその持てる力を存分に発揮して充実したライフを過ごすことであると海士町は発信しているのです。

坂本先生が囁いた一言・・・「ここは日本のブータン」 

言いえて妙、まさにそのとおりであると感じました。

海士町の思いはまだ続きます。

「超少子高齢化が進み、財政の危機など海士町には、いま地方が抱える問題が凝縮されているので島国日本が直面する問題の先取りをしている。ここで見出した解が全国で生かされる時がきっと来る。『最後尾から最先端へ』これが海人島民の合言葉です。」と山内町長は告げられました。

日本でいちばん人口が少ない島根県のそのまた人里離れた離島で奇跡の物語が進んでいると感じました。
今後の動向に、目が離せなくなってきました。

素晴らしい視察の機会を得られたことに感謝いたします。

小林秀司

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