2017年11月2日(木)13:00-17:00 仙台

◆人を大切にする経営学会 東北支部設立/公開フォーラム◆

学会や坂本教授の考えを広めるめに、社員、家族、知人・友人、仕入先、得意先、銀行員等に呼びかけていただければ幸いです。

日時:2017年11月2日(木)13:00-17:00
場所: TKPガーデンシティPREMIUM仙台東口
    〒983-0852宮城県仙台市宮城野区榴岡3-4-1アゼリアヒルズ 2F/10F
    JR東北本線 仙台駅 東口 徒歩5分  仙台市営南北線 仙台(地下鉄)駅 徒歩5分

内容:
【講演1】 13:30-14:30 いまこそ人を大切にする経営が企業を救う
      法政大学大学院 教授 坂本 光司氏

【講演2】 14:40-15:40 売上ではなく幸せ日本一のレストランをつくる
      株式会社坂東太郎 代表取締役会長 青谷 洋治氏

【講演3】 15:50-16:50 会社を永続し、人生を大切にする会社づくり
      沢根スプリング株式会社 代表取締役 沢根 孝佳氏

参加費:  会員    1,000円
      一般    2,000円  
     懇親会参加費 4,000円

◆懇親会◆
時 間: 17:00〜18:30 
会 場: 同会場 別会議室
参加費: 4,000円
 
◆申込み方法◆

下記URLからお申し込みください。
https://ws.formzu.net/fgen/S37805552/

詳細につきましては、下記URLをご覧ください。
https://goo.gl/zv2t9o

坂本教授のネット情報より。
【沢根スプリング~小さな町工場の挑戦】

先般ある商工会議所主催の「ユニーク企業視察会」のコーディネーターとして、浜松市の「沢根スプリング」という社名の従業員数約50名の中小企業を訪問した。

主製品は社名の通り、各種のバネを製造しているが、その経営内容は一般的なバネ屋とは大きく異なる。

その特長を2点ほどあげると、第1点は、当社の商品構成と取引先についてである。一般的のバネ業界の大半は大手の下請企業といったタイプであるが、当社はなんと売上高の約50%は、自社ブランドバネである。

しかもその販売は、商社や問屋などを通さず、カタログ通信販売やネット販売で行っている。ちなみに現在当社の分厚いカタログに掲載されている自社バネの商品アイテムは何と5,000種類、その年間販売先は約18,000社である。

売上高の約50%は、未だ大手メーカーの下請的なバネの生産であるが、その実態は、やはり傾注に値する。

と言うのは、一般的に下請的バネ業界の取引先は1社依存や、せいぜい5社から10社程度であるが、当社の取引先はなんと約450社である。しかもより驚くのは、その取引比率で、大半が1%未満、1社あたりの取引比率はなんと0.23%である。

第2点は、当社のES経営である。

その内容は「毎月1回の全員参加懇談会」「社員による文集の製作・発行」「ありがとうカード」「毎月の給料袋に入れる『社員様とご家族様へ』の社長からの手紙」等多岐に及ぶが、紙面の都合で、ここでは、当社の残業時間を少し紹介する。

当社の就業時間は8時から17時まで1直であるが、驚くべきはその残業時間である。業界では月間残業時間が30時間以上になる企業も多いが、当社の残業時間は毎月平均5時間前後以下である。

美しい工場内を案内してくれた女性スタッフが、「当社の現場では17時30分前後に電話をくださっても誰も電話口に出ませんよ…特別なことのない限り、毎日ほぼ全員が17時には間違いなく退社します・・・」と、ニコニコ顔で話してくれた。

余談であるが、当社が採用時重視する条件の1つが「残業が嫌いな人・・・」という。

こうした経営が、経営の成果である業績を、いかに高めたのかを知りたい読者のためにあえて言えば1966年の創業以来、48期連続黒字経営、近年の売上高経常利益率は10%前後以上である。

もとより、当初からこうした経営体では決してなかった。それどころか、創業当初は100%の量産下請で過度な残業をせざるを得ない場合もあったという。「こんな経営をしていたら、自分も社員も幸せになれない・・・」と決意し、「社員の幸せを追求するバランス経営」を旗印に、この間、不断の経営革新努力を続けてきたのである。

【坂東太郎】私が1年生、3年前の投稿から。
先週の土曜日は、坂本ゼミの出張ゼミで、茨城県古河(こが)市の株式会社 坂東太郎さんを訪問させていただきました。
本社で創業者の青谷洋治社長の講演をお聞きし車で10分の坂東太郎総本店境店で名物の味噌煮込みうどんセットを食べました。寒くなり一層美味しかった。

以下の多くは、師匠・坂本光司先生の「日本でいちばん大切にしたい会社4」からです。この本を一日でも早く欲しいと大学院入試前に発売日の一日前の報徳事務所の坂本先生の講演会に行き、青谷社長と名刺交換をさせていただきました。
青谷社長は貧困な家庭に育ち貧困ゆえ中学を卒業して農家を継ぐしかなくお母さんも52歳の若さで亡くします。
親孝行できなかったと坂東太郎の経営理念を貫く「親孝行」はここからきています。親孝行の親は自分の回りの全員を言います。青谷社長の講話の最後に倍賞千恵子の母さんの歌はじ~んときました。

20歳の時に社長になる夢を実現するために農業をしながら夜はそば屋でアルバイトをします。
朝早くから農業、夜はそば屋、半年で倒れます。高校生の妹が先生になるという夢を捨てて畑仕事をやることになり青谷さんは男泣きします。
この日から青谷さんの目の色が変わりそば屋で無我夢中で働き3年で独立します。
でも独立資金700万円が足りず銀行に11回足を運んで支店長が根負けして暖簾分けしてもらい「ずぎのや境店」をオ-プンします。
現在、専務の奥様のきみえさんの内助の功が大きな支えとなります。
奥さんをくどいてくどき落としたことを奥様に確認しました。(笑い)
繁盛して従業員も増えましたが配達に行った従業員が交通事故に遭い生死を彷徨い家族の方と青谷社長の気持ちが命を救いました。

現在の社員は450名で80店舗近くあり北関東一円の方は幸せです。
名物の味噌煮込みは名古屋の味噌煮込みで有名な山本屋本店に日参し味を研究し、メニュ-として登場させたが最初は売れなかったそうです。
関東は白みそ、味噌煮込みの味噌は赤味噌だからです。工夫して岡崎市のカクキュ-の赤味噌を使用していただき感謝です。
「こんな水商売の店で大事な娘を働かせてたまるか」の一言は出前80%から出前を0にしてから間もなく言われた言葉。
また、バブル景気の時も少しでも高い給与の会社に社員が流れ1/3が離職しました。日本一の規模ではなく日本一の幸せめざすに替えます。

青谷社長の話。日本は焼け野原から復活した。競争の時代は進化、深化(深堀)をしてバブルの絶頂期へ。
バブル崩壊後は共創(共に新しい時代を創造)する時代で真価(本物の人財)、心価(心の価値)と説明された。成功者は苦労しないとなれないと思うが、とにかく勉強していることも共通点だ。

青谷社長の講話から味噌煮込みを食べて出発まで2時間もない。
出張ゼミの運営を前回の石坂産業さんに続いてさせていただいた。
ゼミ先の社長、社員の皆様に喜んでいただき、坂本先生やゼミ生にも喜んでいただければ良いと思う。

人を大切にする経営学会の役員の皆様と東北支部に在住されるFacebookの友達に可能な限り、タグづけをさせていただく。
よろしくお願いします。

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