明太子の「ふくや」さん

福岡市のFacebookの友達の「大串 政樹さんから送っていただいた記事。

明太子の「ふくや」さん。
博多に広がったのは創業者が自分の会社のものにしなかったことだ。
やはり戦争経験者。

去年、カンブリア宮殿に登場している。

“信頼”が商売を広げる!
博多名物を生んだ「ふくや」感動経営術
ふくや 社長 川原 正孝(かわはら まさたか)

福岡・博多と言えば…モツ鍋、水炊き、とんこつラーメンなど、グルメな人達をうならせる国内屈指の食の街。
そんな食の宝庫とも言える博多で、地元・博多っ子がこだわる食材の一つが「博多名物・明太子」だ。
福岡県内だけで150以上のメーカーが切磋琢磨し、味を競い合っている。
その「明太子」の激戦区で売り上げNO.1に君臨するのが、地元客からの絶大な信頼を得ている「ふくや」だ。

実は、この「ふくや」は、10年近くに及ぶ試行錯誤の末、現在の明太子を生み出したパイオニア企業。
そして、その作り方を地元のライバルメーカーに無償で教えることで「明太子」を博多名物に育てあげた企業でもある。
自らの利益だけを追求せず、地域と共に生きる道を選んだ「ふくや」の知られざる感動経営術。その本当の狙いと、「ふくや」が目指す会社のあり方を徹底取材した!

博多名物!明太子を生んだ老舗メーカー「ふくや」
博多のご当地グルメの代表「明太子」で売上高NO.1に君臨する「ふくや」。
実は、いま日本で普及している「明太子」を生み出したのが「ふくや」創業者・川原俊夫である。
戦後、韓国の釜山から引き上げ、食料品卸の店を始めた俊夫は「皆に喜んで食べてもらえる惣菜を作りたい」と、幼い頃に韓国で食べた「スケトウダラの卵のキムチ漬」をヒントに試行錯誤を繰り返し、10年近い歳月をかけて、現在の明太子の原型となる「味の明太子」を生み出したのだ。
しかも、その作り方を独り占めせず、ライバル店に惜しみなく公開していったという。
実は、「ふくや」が作り方を公開したことで、明太子は博多名物になったのだ。
明太子を生み出し、広めた「ふくや」は、今も博多っ子から絶大な信頼を得ている。
事実、150社とも言われる明太子メーカーの中で、売上高トップを長年にわたって維持しているという。
なぜ、「ふくや」は地元客から絶大な信頼を得られるのか?創業から変わらず地元客に愛され続けてきた「ふくや」の知られざる戦略に迫る!

「強い会社」と「良い会社」を目指す「ふくや」の大胆戦略!
「ふくや」の4代目社長・正孝が目指す企業像は、単純に「売り上げを伸ばしていく企業」ではない。
「ふくや」が本当に目指しているもの、それは「地域への恩返しができる企業」だという。

実は「ふくや」を創業した俊夫は、第二次世界大戦を経験した人物。
その体験から、俊夫は残った命を「地域の人への恩返しに使いたい」と強く考え、「ふくや」を起業した。
そして、そんな創業者の意思を受け継いだ4代目社長の正孝も、その信念を貫いているのだ。
「地域への恩返し」を行うためには、会社は存続しなければならない。
存続するためには利益を確保しなければいけない。
そんな独自のロジックで「ふくや」は、これまで経営を続けてきたのだ。
そして、その理念を実現するために「ふくや」が選んだのが、地域との共生戦略だった。
企業は地域と、どう向き合うべきなのか?「ふくや」の独自すぎるサバイバル術を取材した。

九州の美味いモノを掘り起こせ!「ふくや」が仕掛ける地域活性化策
地域と共に成長することを目指す「ふくや」は、今、地元・福岡だけに留まらず、九州全体を地元と捉えて、共に成長を目指す新たな仕掛けを打ち出している。
その舞台が「ふくや」のルーツでもある食料品卸から派生した業務用スーパー「たべごろ百旬館」だ。
この店には「ふくや」のバイヤーが集めてきた九州各地の珍しい食材がズラリと並ぶ。
客の大半はプロの料理人たち。
彼らにその食材を使ってもらうことで、地元住民や観光客に「九州の新たな食の魅力」を広めていこうという狙いだ。
さらに、こうした地域の飲食店とのつながりを活かして、いま「ふくや」は生産地の応援にまで乗り出していた。九州全体を舞台にした「ふくや」の次なる共生戦略、その可能性を探る!

ゲストプロフィール
川原 正孝
1950年福岡県生まれ
1973年甲南大学経営学部 卒業
福岡相互銀行 入行
1979年ふくや入社
1997年社長就任

企業プロフィール
創業  :1948年
従業員数:635人(社員数203人)
売上高 :149億円  ※2015年度
主な事業:明太子の製造・販売
     食料品の卸・小売り

村上龍の編集後記
相撲好きだった祖父は、九州場所で福岡に行くと、必ず「味の明太子」を買った。
当時の佐世保の明太子と違って、色も香りも味も上品だった。わたしは子ども心に、きっとお金持ちが作っているんだろうと思っていた。
そうではなかった。
「ふくや」は、戦争引き上げの創業者が、ひたすらおいしいものを提供し、世に貢献するために創業した。
製造技術をオープンにすることで市場が拡大するというビジネスの王道を貫いた。その経営理念は脈々と受け継がれ、明太子は、珍味ではなく、庶民の総菜として、広く、深く、今も親しまれている。

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