中江藤樹と近江商人、「利他」と「陰徳」~近江聖人中江藤樹記念館長講話

 日本陽明学の始祖とされる中江藤樹(1608年~1648年)について、「近江聖人中江藤樹記念館」(滋賀県高島市)の富永雄教館長(写真)の講話を拝聴した。
 100年経営研究機構が平成30年5月10日に近江八幡市の毛利志満(近江牛の老舗)で開いた「近江商人」の研究会に琵琶湖の対岸から足を運んで頂いた形である。
 富永館長には、大切なことをもらすことなくかつコンパクトに貴重なお話を頂いた。私のような中江藤樹にあまりなじみのない方にも参考になりそうなのでシェアしたい。

地元高島市の小学生が「立志祭」、藤樹の志を学ぶ
 中江藤樹は日本人の道徳心を培った戦前の修身の教科書で、吉田松陰や西郷隆盛ら多数の歴史上の人物とともに逸話が取り上げられてきた。高島市は今でも中江藤樹とその教えを全市あげて学んでいる。富永さんは館長の前は同市教育長だった。
 小学校には、「藤樹先生」という副読本がある。藤樹の誕生日、3月7日に「立志祭」が開かれる。小学校3年生全員が参加して藤樹の生き方を学び、自分の夢を発表する。簡単にその人生を振り返ると以下のようになる。
 藤樹は小学校3年生に相当する9歳の時、米子藩士(後に大洲藩士)の祖父の養子となり親元を離れて学問を始める。11歳の時に四書五経の「大学」の一節を読んで、「身分や地位に関係なく修養さえすれば、立派な人間(聖人)になれる」「自分も生涯をかけて学問に努めて、聖人になることを志そう」と決心した。
 藤樹が王陽明(1472年~1529年)の「陽明全書」と出会うのは37歳の時である。亡くなるのは41歳。熊澤蕃山と渕岡山がその教えを引き継ぎ全国に広げる。
 徳川家康が国学と定め、藤樹がそれまで学んできた朱子学が形式・礼儀を大切にするのに対して、陽明学は心の持ち方を大切にする。

五事を正して良知を致せば、善悪間違えず
 藤樹は陽明全書で学びを深めて「人の心の中の良知は鏡のような存在である。この良知を鏡のように磨き、曇らないようにして、良知に従うように努めなければいけない」と説いた。
「良知を致す」ことができれば、善悪の判断を間違えることはない。この「良知に致す」ための道筋は、日々の生活で「五事をただす」こと、と教えている。
 五事とは、貌、言、視、聴、思のこと。
 五事を正すとは、和やかな顔つきでひとを接すること、相手が気持ちよく受け入れられる言葉づかいをすること、愛敬の心をこめて温かく人や物を見ること、話すひとの立場に立って相手の話を聞くこと、愛敬の心をもって相手を理解し思いやりの心をかけること。
 藤樹の教えのもうひとつのキーワードは「孝行」。親を大切にするだけでなく、先祖を尊び、大自然を敬うこと。そのために良知を磨き、体をすこやかに、行いを正しく、家族や人々と仲良く親しみ合うことが大切、と説いている。人を大切にすることを説いているのである。
 本題についての富永館長の結論は「中江藤樹は近江商人の精神に大きな影響を及ぼした」ということ。さらに、「浄土真宗も大きな影響を及ぼした」と付言していた(浄土真宗第8世の蓮如(1415年~1499年)が近江で布教)。

近江商人は藤樹の「日本の心」を全国に広めた 
 富永館長は「中江藤樹が教えていた日本の心を行商という方法で全国へ広げていったのが近江商人である」としていた。「日本の心」とは、他人の悲しみや苦しみを見過ごせない優しいこころ。これは近江商人が大切にした利他の精神につながる。
 また「中江藤樹が陰徳の大切さを説き、近江商人はそれを受け継いでいる」との研究があるとも指摘している。
(ここまでが富永館長の話。ここからは私の解釈です)
 「超訳」すると、リスクが多い異国でビジネスを成功させたのが近江商人だとすれば、利他や陰徳はその社会で信用してもらううえで合理的な行動でもあったとも解釈できる。さらに言えば近江商人には優れたリスクマネジメントの仕組みもあった。行商は地域を知るための最初のマーケティング活動、乗合商いは合資による事業のリスク分散、利益三分主義は利益が出たら将来、社員と分かち合う、和式の複式簿記は日々の経営管理をしっかり行う、などである。

利益とはご利益!? 
 また富永館長の示唆を受けて調べたところ、近江商人の多くは浄土真宗を篤く信仰、「利益」(りえき)とは、宗教上の「ご利益(りやく)」としてとらえられていた、ようである。利他と陰徳は合理的なだけでなく、信仰心に支えられていたのだ。
 「自利利他」(自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと)、「先義後利」(写真は近江八幡市の西川利右衛門家の床にある家訓の掛け軸、別家する人々に贈られた。「義を先にし、利を後にすれば栄え、好く富んで其の徳を施せ」と読む)である。
 さて、日本の陽明学の信奉者をあげると、まずは私が毎日参詣している世田谷松陰神社の祭神である吉田松陰と高杉晋作らその弟子たち。平成31年の同神社の御朱印は「志を立てて万事の源となす」である。また平成30年のNHK大河ドラマの主役の西郷隆盛も佐藤一斎の「言志四録」を座右の銘にしていた。戦後政財界リーダーの指南役と言われた安岡正篤は陽明学者である。
 富永館長からは中国が日本の陽明学に学ぼうとしており、そのために巨額の投資をする計画がある、との話もあった。王陽明の母国の中国には陽明学の専門家がいない、とのことだ。言い換えると、戦後 学校教育から封印されたものの、世界にない知的資産の強みを日本は持っているともいえる。
 最後に王陽明の言葉を守屋洋「陽明学回天の思想」(日本経済新聞出版社)から自戒となりそうな言葉を拾って終わりたい。「謙虚は衆善の元にして傲は衆悪の魁なり」「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」・・・。神原哲也(人を大切にする経営学会会員・中小企業診断士・認定支援機関・日本記者クラブ会員)

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