この笑顔はどうやってつくられたのか~坂東太郎青谷会長の診断士研究会での講話から
「人を大切にする経営学会」の常任理事でもある青谷洋治株式会社坂東太郎会長の講話が5月8日(水曜日)の東京都中小企業診断士協会「人を大切にする経営研究会」(代表 才上隆司診断士)の定例会であった。
「人を大切にする経営研究会」は「日本で一番大切にしたい会社大賞」の審査員を務めてきた小林勇治診断士が「診断士として学ぶべき経営の姿がここにある」として設立した。審査委員は現在、中小企業診断協会会長の米田英二診断士に引き継がれており、両氏を含む30名近い診断士が青谷さんの講話を聴講した。
青谷さんは素晴らしい笑顔とフレンドリーな姿勢が印象的な経営者。「(従業員の)幸せ日本一」を目指しているのだから当然ともいえそうだが、その笑顔はどうやってつくられたのだろうか、と想像しながら聴いた。2時間にわたる素晴らしい講話をわずかな文字で伝えることは困難だが、一部でもお伝えしたい。
まず会社概要。創業は1975年(昭和50年)4月。青谷さんが茨木県境町に生そば店を開店した。社訓は「親孝行・人間大好き」。「親」とはお世話になったすべての人のことだ。
本社は茨城県古河市。従業員数は2000名超、グループ売上高は100億円超。そば、うどん、すしの「ばんどう太郎」、とんかつの「かつ太郎」など多様なファミリーレストラン169店を北関東中心に展開している。
講話の中でわずかにでてきた外食事業のキーワードは、メニューでは愛知県岡崎市の八丁味噌の老舗、カクキュウの味噌をつかった「味噌煮込みうどん」、店舗では、「家族レストラン 坂東太郎」、そして従業員では「女将」(コシノジュンコデザインの割烹着を着た接客担当のパートさん)だ。
家族レストランは家族のだんらんを継承するというコンセプトの店。全室が個室。個室はお客が長居するので、回転率は悪くなるが、子供が走り回っても迷惑にならない。お茶はセルフ、家族の誰かに急須でお茶を入れてもらう。
女将をめぐってはお客の手紙を披露した。
おばあさんの葬儀の後、昼食にきた夫婦は、女将から「おばあさんはどうされたのですか」と尋ねられ、亡くなったことを伝えると、帰り際におばあさんの好物の「ミニ丼」を頂いた。夫婦の店の利用は2年ぶりだが、客の顔と好みを覚えていて気遣いをしてくれた。夫婦は「最上の供養」と感謝した。
さて本題の講話。青谷さんは自分の身に起きた悔しい経験を順番にあげてどう乗り越えていったかについて話していった。悔しい経験を列記すると以下の通りだ。
① 貧しい農家に生まれ、小学校6年の時の作文で社長になると書いたらバカにされた。
② 同級生が高校、大学へ進学、また上京する中、本流から離れた感覚の日々をすごした。
③ 日中は農家、夜はすし屋でアルバイトを続けていたら倒れた。その時、勉強ができて学校の先生を夢見ていた妹が「農業は私がやる」と高校を中退した。
④ 創業後、出前が好調だったが、出前中の従業員の重大な事故が相次ぎ起きた。
⑤ 「ひとを大切にしていたつもり」だったが、バブル絶頂期に従業員が相次ぎ会社を辞
め、労務倒産の危機を感じた。
読者はこれらが自分事ならどう受け止めどう行動するだろうか。青谷さんは悔しさをばねに苦労しながらも乗り越えていく。どう乗り越えたかは「日本で一番大切にしたい会社4」など坂本光司会長の著書を参考にしてもらいたい。
私が見逃せないと感じたのは、青谷さんがこれらの出来事が起きた時「フンを持った」と繰り返し語ったこと。フンとは憤慨の憤だろう。広辞苑によれば憤とは「いきどおり」。類語例解事典(小学館)に、非難の気持ちからのいかり、「怒り」とは異なり他人にわからない内にこもった感情。その笑顔からは想像できない強い感情だと感じた。
もうひとつ見逃せないと感じたのは、事業計画発表会など同社の社内イベントの映像を表示した後の青谷社長の解説。
映像には、社員全員が大声で唱和しながら同時に右手を突き上げる光景がある。「いったい何をやっているのか、宗教団体のようだと言われる」という。
青谷さんは「コミュニケーションは本当に難しい」と力を込めた。そして「理念の浸透は簡単ではない。言葉ではなく、魂の受け渡し。(宗教団体かと言われるほどでないと)理念の継承は難しい」と語っている。
青谷さんは講話の冒頭で「ひとを大切にする経営は間違いではない。だが、なかなか伝わらない」としたうえで話を始めている。人生の中で研ぎ澄ました言葉。また胸に手をあてて心の大切さを訴えるなどのボディランゲージ。すばらしいコミュニケーターが経営者の魂を全身全霊で伝えてくれようとしてくれていた。学会はこうした経営者によって支えられているのだと強く感じさせられた日だった。
神原哲也(人を大切にする経営学会会員、中小企業診断士・認定経営革新等支援機関、日本記者クラブ会員)
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