No152記憶に残る経営者の言葉52 久保田オートパーツ(宮崎県宮崎市;中古車リサイクル業)久保田 茂社長(当時)

1975年、解体事業を営む久保田茂社長の兄が体調を崩したために、事業を引き継ぐ形で久保田茂氏が久保田自動車解体(のちに久保田オートパーツへ社名変更)を創業しました。

その後にリサイクル業へ発展させ、部品販売や輸出、中古車販売等事業が広がっていきました。

ご訪問当日のお話や見学はとても記憶に残っていますが、久保田茂社長(当時)が書いた著書;『一念岩をも徹す』を帰宅後に読んだ時の印象は今も鮮明です。この本は久保田茂社長の波乱の一生をとても正直で謙虚に書かれた自伝です。

・何のために働くかを考えるようになり、“会社は社員の生活を守る砦”と気づいた

・社員の生活のための場所を作ることが社長の役目だと知り、様々な勉強会に参加、書籍をたくさん読んだ

・沖縄から北海道まで全国の会社を訪ねて回った

そして人生のターニングポイントや公私ともに大きな出来事が語られています。

・1986年、バイク事故をおこし両手両足が動かなくなる人生最大の窮地から奇跡的な回復を遂げたこと

・1993年、幹部社員の反乱から倒産危機に直面したこと

経営者として地獄のような日々を過ごした経験が人間性を育て、今ではその幹部社員にすら感謝し今日の同社を作り上げてきたことがわかり良くわかる内容です。

『企業を興して半人前、企業を承継してやっと一人前の商人』

この言葉がなによりも記憶に残りました。

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同社では個人が“売って良かった”と思う中古車買取りがなされています。

オーナーが愛車と最後に写真をとるためのポラロイドカメラも用意され、〇月〇日に預かったお車、エンジンは国内、A部品はマレーシア、B部品はロシア等々を記載したリサイクル完了報告を作成して愛車が迎えた最期をしっかりとオーナーへ伝えていました。

以前に投稿した記事は 株式会社久保田オートパーツ【No49いい会社視察2012/10/22】 です。このブログ内を検索してご参照ください。

***補足***

この投稿では「法政大学大学院 政策創造研究科 坂本研究室」や「人を大切にする経営学会」での経験をもとに毎週火曜日にお届けしております。個人的な認識をもとにした投稿になりますので、間違いや誤解をまねく表現等あった場合はご容赦いただければ幸いです。(人を大切にする経営学会会員;桝谷光洋)

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