神社は宗教じゃない、だから組織化しない
私が野村證券を辞める時、相談したのが奈良県の天河大辯財天社の柿坂神酒之祐(みきのすけ)宮司。
大会社の組織を離れ、ちっぽけな個人の自分が社会の荒波で生きて行けるのか?
宮司はこんな話をしてくれた。
宗教には、教祖がいて、教典があって、教師がおますやろ。 仏教でいうたら、釈迦がいて、お経があって、お坊さんがおますがな。
せやけど、神社は違いますねん。
宗教の定義になるこの3つが全ておません。
せやから、宗教ちゃいますねん。
神道いうくらいやから、道徳ですな、日本人らしい生きる道のことですわ。
日本人の生きる道とは、聖徳太子の十七条憲法にある、和をもって貴しとなす。
和とは、身分や立場を超えて、民主主義的に意見を言い合い、一致点を探ることですわ。
個々が独立・自律するんです。
宗教はそうでないでしょ。
宗教の組織には上下関係があり、自由に議論することができません。
縄文時代以来、日本人に組織は合いません。 神社が個々に独立しているのは、組織化したら淀んで腐ってしまうからですわ。
根本さんも組織は似合いませんがな(笑)。
師匠の言葉に勇気を得て、私は成功することができました。 (人を大切にする経営学会会員:根本幸治)
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