いざという時の在り方

もう20年以上も前のことだと思います。

産科医の診断ミスによって胎児を亡くされたご夫婦からの相談がありました。

当時は、まだ現在のように医療事故訴訟はあまり頻繁に行われておらず、特に産科の医療事故は、証明がとても難しく困難な事件と言われていました。

 私は、まだ弁護士になり立てで、医療事故関係の弁護団には入りましたが、経験もあまりない時期でした。

ご夫婦は、長年お子様に恵まれず、やっと授かったお子様だったため、ショックも怒りも大きく、解決にむけてかなり困難な事案になるだろうと予測出来ました。

 ところが、相手の産科医宛に内容証明郵便で、診断ミスの点を指摘すると、その産科医から直接私に電話があり、「確かに診断ミスがありました。本当に申し訳なく思っておりましたが、ご夫婦にご連絡をしても対応していただけず、どうしたらよいか困っていました。私はどうすればよろしいでしょうか。」という趣旨の話しを受けました。

 産科医が診断ミスを認めていること、直接ご夫婦に会って謝罪したがっていることをご夫婦に伝えましたが、しばらくの間は、ご夫婦とも、お気持ちとして、相手方の対応を受け入れることができず、産科医との面会もしたくないという対応でした。しかし、しばらくするとご夫婦が産科医に会ってもいいと言い始めました。

 そこで、私はその産科医に連絡をし、弁護士会の面談室で会うこととなりました。

 その産科医は、弁護士を付けることもなく、付添いもなく単身で弁護士会に来られました。

 そして、どのような診断ミスがあったか、なぜそのような診断ミスをしてしまったか、どうすればよかったか等専門的な内容を分りやすく説明してくださり、涙ながらに大切なお子さんを亡くしてしまった責任は全て私が負いますので、何でも言って下さい、とおっしゃっていました。ご夫婦と相談をした賠償金額を産科医に伝えると、「分りました。保険は使わず、私自身で賠償させて頂きます。」と、また頭を下げました。

 最初は、一言も口をきくことのなかったご夫婦ですが、診断ミスの説明のときには、分らないことがあると、質問するなど、徐々に会話をするようになりました。

 そして、面談が終了したとき、産科医が改めて深くお辞儀をし、謝罪して顔を上げると、そのお母さんが産科医に手を差し伸べてきました。

お母さんは涙を流しながら、「ミスは許すことは出来ません。きっと今後も一生忘れることはないと思うし、許すこともできないと思います。でも、先生、今回のことを教訓にして、立派な産科医になってください。」と産科医の手をとり握りしめました。

産科医は、それを受けて、また涙をためて、「本当に、本当に申し訳ありませんでした。」と繰り返しおっしゃっていました。

 この時の産科医の姿勢はすばらしいものでした。そしてそれを受けてのお母さんの姿勢もすばらしいものでした。

 私は、感動するとともに、人っていいな、と思いました。

そしてこの面談からいざという時の人の在り方を学びました。

(学会 法務部会 常任理事 弁護士 山田勝彦)

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