社員の裁量と見えないサービス

社員(キャスト)に裁量権を与え、お客様対応を社員(キャスト)の創造力に委ねるというのは、某テーマパークの方針ですが、このようなことは様々な企業で実践されているようです。

とても小さな出来事ですが、感動したのでここで書きたいと思います。

数年前の出来事です。私は、千葉のとある駅前のファーストフード店で朝食ととっていました。時間は8時前だったと思いますが、お客様は、並ぶほどではないものの、代わる代わるに来ているという状況でした。

ある初老の女性のお客様がトレーに朝食をのせ、自分の席に向かっていました。自分の席にあとちょっとというところで、足がもつれ、トレーの上のコーヒーだけがトレーから落ちて床にこぼれてしまいました。狭い通路ですので、その女性は通路を塞ぐ形になって、立ちすくんでいました。その後ろには、先に進むことの出来ないお客さんが困った顔でこれも立ちすくんでいます。その時、アルバイトと思われる学生のような女性の店員がそこに駆け寄ってきました。後ろのお客様にその通路とは別の席が空いていることを伝え、そのままコーヒーを落としてしまったお客様の元に行き、「お客様、火傷はされていませんか。お洋服は大丈夫ですか。」と声をかけ、床よりも真っ先にお客様の洋服をぐるりと見渡し、コーヒーの飛び跳ねがないことを確認していました。「ごめんなさいね」と謝るお客様に「大丈夫ですよ。ゆっくり召し上がりください。」と言って、直ぐにカウンターに戻り、持ってきていた手ぬぐいを雑巾に持ち替えて、戻って来て床を拭き始めました。その時、私は『あ!この店員さんは、まずお客様のことを心配して、雑巾ではなく手ぬぐいをもってきていたんだな』ということに始めて気がつき、若いのに凄いなあと思いました。

その後、その店員さんが気になり、食事をしながら様子を見ていましたが、その後は次々にお客様が訪れ、明るくテキパキと対応していました。そうこうする内に、先ほどコーヒーをこぼしたお客様が立ち上がり、帰り支度を始めました。その店員さんは、チラチラそのお客様の方を見ていましたが、いよいよそのお客様が帰ろうとすると、それまでの接客の対応を止め、カンターに並ぶお客さんに少し待って頂くよう伝えた後、袋に何かを入れて、帰ろうとするお客様のところに駆け寄りました。「お食事中にお届けできずにすみませんでした。コーヒーですが、どうかお持ち帰りになって下さい。」とそのお客様に手渡しました。そのお客様はとても恐縮していましたが、「ありがたく頂きます。」と言ってお帰りになりました。きっとそのお客様は、帰っておいしいコーヒーをゆっくり飲まれたと思います。そしてまたその店員さんに会いに行こうと思ったと思います。

コーヒー一杯の出来事ですが、ただただ傍観していた私さえ、数年経った今もその時のことを鮮明に覚えています。この店員さんの気遣いはマニュアルではできないことだと思います。社員に裁量を与え、見えないサービスを提供することはこのお店の価値を知らず知らずのうちに高めているように思うのです。

(学会 法務研究部会 常任理事 弁護士山田勝彦)

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