熱海は死んだ温泉街は間違いだった
熱海は死んだ温泉街と思ったら
若者も増え、地元の方も熱海の良さに気づいた
昨夜のカンブリア宮殿、シャッター商店街等で参考になる。
動画配信を視聴したい。
住民の意識を変えて復活
新時代の地方再生術!
マチモリ 代表
市来 広一郎(いちき こういちろう)
都心からたったの40分で行ける、大人気の観光地「熱海」。バブル経済の崩壊や団体旅行客の減少で、客足は減り続け、大型ホテルの倒産も相次いでいたという。しかし、その熱海が、いま若者や家族連れが殺到する人気の観光地へと復活を遂げている。この大復活の仕掛け人こそ、故郷・熱海を再生するために起業した市来広一郎だ。熱海の賑わいを取り戻した市来の型破りな再生術に迫る!昭和の観光地・熱海に熱視線!? 若者から家族連れまで魅了する熱海沸騰の舞台裏
いま熱海の中心地にある商店街で、数多くの大行列ができている。客の目当ては、、、他とは一線を画した絶品スイーツ!お風呂屋さんをイメージした「牛乳瓶に入った熱海プリンの店」や「搾りたて和栗モンブランをトッピングした、オリジナルかき氷が味わえる店」など…“映える店”が続々と熱海の商店街にオープン。若い観光客を呼び込んでいるという。かつて、苦境に陥っていた熱海だが、いまや「新しいものと古いものが同居する、魅力的な場所」として、若者や家族連れがこぞって集まる人気スポットに大変貌を遂げたのだ!「寂れた昭和の温泉街」という熱海のイメージを劇変させた立役者こそ、街づくり会社「マチモリ」の代表を務める、市来広一郎だ!市来はどうやって、客足が遠のきジリ貧だった熱海を、客殺到の観光地へと変貌させたのか?地域住民を巻き込み、熱海ファンを生み出した奇跡の復活劇、その舞台裏を徹底取材した!
“何度も行きたくなる街・熱海”を生んだ独自戦略
1979年に熱海で生まれた市来。両親は、銀行が保有する保養所の管理人として働いていた。しかし、市来が中学生の頃にバブル経済が崩壊。団体旅行で賑わっていた大型ホテルは相次ぎ倒産し、熱海の街は衰退の一途を辿っていった。そんな状況を目の当たりにした市来は、東京のコンサルティング会社に一度は就職したものの、故郷への思いが捨てきれず、熱海に戻り、1人で街おこしの活動を始めたという。地域住民を巻き込みながら、熱海の復活を実現させた市来の独自戦略とは・・・何度も行きたくなる街・熱海復活の秘策を紐解く。
熱海の再生は止まらない! 熱海を沸かし続けるマチモリ流の住宅再生術
街の賑わいを取り戻した熱海で、新たな問題が起こっていた!実は熱海、急勾配な土地と、バブル期に建てられたリゾートマンションの乱立により「熱海に移住したい」と考えている働き盛りの若者が住むための単身者用の住居が圧倒的に不足しているという。「熱海に住みたいのに、住む場所がない!」熱海が抱える次なる課題を解決すべく、ここでもマチモリが動きだしていた。熱海の住宅問題に挑むマチモリの新ビジネスに密着する。
ゲストプロフィール
市来 広一郎
1979年 熱海市生まれ
2007年 熱海へUターン
2010年 NPO法人 アタミスタを設立
2011年 マチモリを設立
企業プロフィール
会社名:マチモリ
本 社:静岡県熱海市銀座町6-6 サトウ椿ビル2F
設 立:2011年
売上高:2億6160万円(グループ計)
従業員:48人
村上龍の
編集
後記
東京から入ると、海と堤防があり、斜面に建つ密集した街がある。リオに似ている。日本にはない景色。今思うと、あまりにも有名で、普通だった。市来さんは、そんな熱海に対する愛情があった。街に閉塞感があり、タクシーの運転手も「熱海には何もない」外の視点を持っている地元の人が関わるべき。どんな客層が訪れ、ファンになってくれるか。手軽に利用できる滞在拠点を町中に整える。これから観光客が増えようが減ろうが、新しいことを起こす。チャレンジする人間をどんどん生みだしていく。それがマチモリの思想だ。
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