食事できることの「感謝」

禅宗では、食事をする前に、「五観の偈」を唱えるそうです。

五観の偈は、「一には功(こう)の多少を計り、彼の来処(らいしょ)を量(はか)る」から始まります。

その意味は、「この食事がここに来るまで、いかに多くの人々の手間や苦労があったのかに、深く思いをめぐらす」ことだそうです。

禅宗のお坊さんに、「貴方の目の前にある食事は、どういう人が関わっていると思いますか」と問いかけに、自分は、「農家の方、輸送する方、市場の方、販売をしてくれた方、食事を作ってくれた方」と答えました。お坊さんに指摘を受け、自分の視野の狭さに恥ずかしい思いをしました。

大根一つ、種を集めて売る人、畑を管理し大根を育てる農家の人、防虫ネットが必要であれば、その防虫ネットの原材料を作る人、防虫ネットを作る人、それを運ぶ人、それを売る人、肥料にも同じように作り、運び、売る、とそれぞれ関わっている人がいます。そして実際に育った大根が調理されるまでの様々な方々が関与しています。

大根を育てる農家だけでなく、大根を調理してくれた人だけでなく、一つ一つの食物が、自分の目の前に置かれるまでの間に多くの人の手間や苦労が重なって、やっと私たちはそれを食べることができるのです。そのことに思いめぐらし、そして「感謝」をすること。毎食毎食、その思いで食事をすることが大切なのだと思います。

私も、改めて自分の人生は、目に見える人だけではなく、目に見えない多くの人に支えられて生きていられるのだという思いを大切にしたいと思います。

 (学会 法務部会 常任理事 弁護士 山田勝彦)

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