ごちゃまぜ「シェア金沢」さんから学ぶ。4

ごちゃまぜ「シェア金沢」さんから学ぶ。4

以前から「シェア金沢」の名前を聞いていた。

昨年のカンブリア宮殿を観て理想郷だができると思った。
全国に広がる佛子園の町づくりを観たからだ。

22日に行って分かった。
ごちゃ混ぜの原点・「西圓寺」の夜が最高の空間、空気感があると感じた。

実は、カンブリア宮殿を観て最も、涙したことは下記にはない。あす紹介する。

2016.7.21 カンブリア宮殿

ごちゃ混ぜの街作りで地域活性!
金沢発!大注目コミュニティの全貌

•佛子園(ぶっしえん) 理事長 雄谷 良成(おおや りょうせい)
多くの観光客で賑わう石川県金沢市。その閑静な住宅街に、注目スポットがある。その場所の名は「シェア金沢」。新しく作られた小さな町に、全国から年間600以上の視察団が訪れるほど、関心を呼んでいる。
東京ドームよりやや小さい敷地に、高齢者や学生、障がい者など、およそ70人が一緒に暮らす「多世代共生タウン」となっている。
敷地内には、クリーニング店やレストラン、売店、天然温泉、さらにデイサービス施設もあり、日常生活には困らない。それだけではない。
「シェア金沢」には、就労の場も多くあり、高齢者や障がい者が働きがい・生きがいを持って充実した日々を楽しんでいるのだ。金沢発、大注目コミュニティの全貌に迫る!

<高齢者が安心して暮らし、生きがいが持てる街>
シェア金沢で、住民の半数以上を占めるのは32戸のサービス付き高齢者住宅に住む高齢者。
住まいは1LDKにキッチン、バストイレ付きで家賃と共益費、さらに毎日の安否確認など「見守り」のサービスがあり、計12万円ほど。
栄養面を考慮した手作りの朝食と夕食のサービスもあり、住人から評判が高い。
2年前、配偶者に先立たれた鈴木総七郎さん(74歳)は、神奈川県からシェア金沢へ移住して来た。鈴木さんは、日々、敷地内にある畑で野菜作りに汗を流し、さらに、施設内の高齢者向けデイサービスでも働きはじめた。
シェア金沢で、生きがいを持ちながら有意義な生活を送っている。

<学生も障がい者も、みんなが“ごちゃ混ぜ”>
シェア金沢には、学生や障がい者も暮らしている。
学生用住宅は光熱費込みで家賃は4万円と割安。
その条件として、シェア金沢内で月30時間のボランティア活動が課せられている。
例えば、高齢者の入浴介助や、対話など。高齢者と若者が交流する恰好の場になっているのだ。
一方、障がい者も温泉やレストランで、健常者と一緒に働いている。シェア金沢では、障がい者40人の雇用も生み出している。

様々な人たちが、ごちゃ混ぜに触れ合う空間を作ったのが、「佛子園(ぶっしえん)」理事長、 雄谷良成(おおや・りょうせい)だ。
シェア金沢を運営する佛子園は、雄谷の祖父が、戦災孤児や障がい児などを預かり、1960年に創設された。
雄谷はそうした子ども達と、ひとつ屋根の下で一緒に育った。
「障がい者が隣にいて当たり前の場を作りたい」。雄谷の思いを具現化したのがシェア金沢なのだ。

ごちゃ混ぜの原点・西圓寺の奇跡
石川県小松市にある、佛子園が運営する福祉施設「西圓寺(さいえんじ)」。
廃寺となっていたスペースを、雄谷が再建し、住民が集う憩いのスポットに。ここは、子供からお年寄り、そして障がいを持つ人でいつも賑わっている。
西圓寺には、天然温泉やカフェ、酒場、そして高齢者や障がい者向けのデイサービスもある、まさに“ごちゃ混ぜ”の空間。
ここでも、障がい者向けに様々な雇用の場を設けている。シェア金沢の原点とも言える場所なのだ。
西圓寺が廃寺から生まれ変わり、住民の世帯数も少しずつ増えているという。

全国に広がる佛子園の町づくり
雄谷が提案する「高齢者や障がい者が一緒に支え合う街作り」は、全国に広がり始めている。
東日本大震災で被災した宮城県岩沼市もその一つ。
この春、被災した住民1000人が、仮設住宅から高台の新しい町(玉浦西地区)へ集団移転を完了させたばかり。
新たな街作りの核となっているのが、佛子園方式だ。野菜の出張販売など、障がい者向けの雇用を生み、さらに、被災した土地に羊を飼い、地域の人々が交流する場をつくり出している。
生きがいを持ち、人々が触れあい支え合えるコミュニティ作りが始まっている。

ゲストプロフィール
雄谷 良成
1961年金沢市生まれ。金沢大学卒業後、特別支援学校の教員を経て、青年海外協力隊としてドミニカへ。帰国後、北國新聞社に入社。
1994年実家の佛子園に戻り、事業を展開。
2014年シェア金沢オープン

企業プロフィール

所在地: 石川県白山市北安田町548番地2
売上高: 20億5500万円(2015年度) 
職員数/ ●正規職員:172名 ●パートタイマー:282名

村上 龍
「ごちゃ混ぜ」を、こむずかしく言い換えると「共生」となり、きまじめなニュアンスになる。
障がい者、高齢者、それに子どもたち、同じ地域で生きるのは非常にむずかしい。
おそらく「きまじめ」だとうまくいかない。
雄谷さんは、スタジオでも、「こんなこと言っちゃっていいんですかね」という感じで、笑顔が絶えなかった。
「やってあげる」「やってもらう」がベースの福祉は、やがて破綻する。
世の中にはいろいろな人がいて、それぞれ助け合って生きている、だから社会的に必要とされない人は存在しない、「佛子園」の哲学は、人の原点である。

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