隠ぺい体質は、日本人の文化か・・中央省庁までが情けない

国が率先して進めたはずの障がい者雇用制度で、残念を超えて怒り、憤りを覚えるようなニュースが流れています。
中央省庁が目標を下回っていたのに数字を水増ししていた疑惑でさらに、不正は常態化していた可能性もあるといいます。

しかし、大手有名企業のデータ改ざん、更に、大学入試の女性差別他、次から次への発覚して、またか・・と驚くとこもなくなってしまいそうです。

なぜ、こうしたことが起きるのか?

少し、考えてみたいと思います。

1.恥の文化
私が、社会に出た1985年前後は、組織文化に関しての注目されていました。
その時は、以前、勤めていたコンサルタント会社の先輩に勧められた本が、「菊と刀」でした。

ルース・ベネディクトという女性のアメリカの文化人類学者によって、日本が敗戦する1年前の1944年に「菊と刀」を書かれたものでした。日本人の国民性を研究したもので、日本をいかに占領統治していくか、その基本的路線の青写真となったと言われています。

本には、欧米の文化は「罪の文化」に対して、日本人の文化は「恥の文化」だと書かれていました。

キリスト教文明の欧米では、行動の規範には宗教の戒律があり、神の戒律に反すれば強い罪の意識を持ちます。心には常に神がいて、「罪の文化」と書いてありました。

世間体という言葉があります。多神教の日本では、神や仏の意識はそれほど強くはありませんが、意識するのは世間の目です。農耕民族であり、狭い国土の日本では、多くの人を一緒に助け合って生活していく必要があります。

常に他人の目を意識しなければなりません。つまり、日本では、欧米のように、怖いのは神ではなく、他人の目なのです。人との関わりの中で、恥をかきたくないというのが、日本人の行動を規定していると分析しています。つまり、正しいかどうかではなく、世間がそれをどう思うかで判断するのが「恥の文化」です。

一方、罪の文化では、罪を犯したものはそれを告白することで心の重荷を下ろします。一方、恥の文化では、罪を告白しても心は軽くならず、悪い行いが世間に知れない限り、心は悩みません。
 
「恥の文化」には、いい面と悪い面があります。いい面では、人前では恥をかきたくないという意識から、義理を重んじ、人情を大切にするといったことになります。時として、大義のために自らの損得を顧みず人のためにといった行動につながります。恥の文化は、悪い面もあります。正しいかどうかということよりも、世間の目を気にすることが優先されてしまうことです。

2.集団主義
まだ、20代の頃、先輩コンサルタントに連れられて、アイフルの創業者福田吉孝氏に一度だけあったことがあります。その際、福田創業者が言っていたことを今でも覚えています。
先輩コンサルタントが、
「なぜ、消費者金融をはじめたのですか?」
といった問いに対し、
「個人商店で、金貸し業を始めたときに、個人は、遅れても返してくれた。でも、企業は、返してくれない。だから、個人相手にしたんですよ」
組織には、しがらみがあって、
「組織に迷惑をかける、〇〇さんだけに責任を負わせることはできない・・」
となってしまうです。
日本特有の集団主義だと、当時感じました。

「菊と刀」が、日本文化を集団主義といったステレオタイプの文化の認知を生んだといった批判もあります。
(東大研究、法政名誉教授小池和男氏他)

しかし、実際に、アメリカや中国の方と接すると、こうした批判はあるものの、実感として、いい悪いではなく、個人主義的な匂いを感じます。

単純に考えればいいと思います。

良い面を残し、悪い面は変えればいいと思います。

坂本会長は、
「儲かる、儲からないではなく、正しいか正しくないかで考えなさい」
と言われます。
これは、ある意味、恥の文化のいい面を残し、悪い面を防ぐといった補完的な対応になると思います。

心理学でいえば、隠ぺいのメカニズムは、目先の利益にめがくらむことだと言われています。
利益は今すぐに欲しくて、損失は後回しにしようとする習性が人にはあります。隠ぺいには、批判からの解放という「目先の利益」と、叱られるという「後回しにできる損失」の両方を持っているため、麻薬のような中毒性があるとも言われています。
心理学では、「行動療法」と「認知療法」の2つのアプローチがあると言われています。

行動療法は、報酬や罰によって、失敗したときの反応を「正直に話す」ように改善します。
認知療法は、認知を変えることによって、失敗したときの反応を「正直に話す」ように改善します。

隠ぺいで「バレなくてラッキー」と報酬を与えてしまっては、隠ぺいの反応を強化してしまいます。行動療法は、
悪い行動には罰を与え、良い行動には報酬を与えます。

文化論で終わるのは最悪です。
是非、文化の違いを越えて、人を大切にする経営が根ずくことが重要だと思います。
そもそも、障がい者のことを本当に思えば、範を示すべき国が、まずは、率先するのが常識だからです。

今回の中央省庁の障がい者雇用水増しが本当であれば、障がい者のことよりも、自分たち、あるいは、自分の組織が恥をかかないように、わからなければいいと、自分たちの利益を優先したと言わざるを得ないと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です